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2010年7月 7日 (水)

「千歳の闇室のたとえ」は「一念」ではない

高森会長は、一念の体験は、火の中に手をつっこんだよりも明らかな体験と言い続けてきましたが、60年前はそのようなことは言っていませんでした。

『獲信の記録』(高森顕徹編)

手に持っていた『華光誌』を苦し紛れに放りつけた。トタンにこの苦しみは、スーッとはがれた様に引いて行った。ボーッとなって暫くは考える力もない。正気の沙汰ではない。
夢か、うつつかの判断もつきかねていると、高森さん一家が帰って来られた。
挨拶も忘れて、今あった不思議な出来事を、ありのまま顕徹君に語った。一同は我が事の様に喜んでくださる。だが私自身は、何が何だかさっぱり分からぬ。本当だろうか。
これが獲信したというものであろうか?
まだまだ疑いの晴れぬまま、種々ご馳走に預かる。こんな、うまく食事したことが近頃にあったろうか。
やがて、顕徹君の話に薄紙を、はぐ如く、光明は輝きを増し、歓喜は胸に張り裂けるのであった。
「如来を求めて、いくら追っかけても、人間は到底追いつけるものではない。
また自分でとらえられる位なら、他力信心なんか必要もない。
弥陀は十万億土の彼方におられるものだと思っていられたか知らぬが、何のことは無い、アンタの腹の中にいて、しかもこの宇宙を包んでいる絶対者なんだ。
その懐に入っていながら、それを追っかけ、とらえようなんて、問題ではない。
追いつけないことが分かって初めて振り返ってみると、何のことは無い。
総てが包まれていたことに気がつくのだ。この様に包まれていながら、何を悩みますかね?」
不思議だ!そう聞けば悩もうにも悩む種が無いではないか。そして顕徹君の語るどの話も皆、素直に肯定出来るからおかしい。弥陀が智慧や才覚で分からんでもよいのだ。このままでよいんだなあ。
ああ、このままだった、このままだった。

これが華光会と決別し、親鸞会を作った直後の『顕正』では

一念とは疑晴れて大満足の境地に開発したひとおもいをいい、盲者の開眼の一刹那、地獄一定が極楽一定と転じた時、煩悩具足が至徳具足と転じた一刹那、明来闇去、闇去明来の一念、いままで閉塞していた心中が開発して信楽と晴れ亘った一念、言説や思惟の及ぶところでない驚天動地の一刹那をいうのである。しかし、思慮分別を越えるといっても疑蓋無雑の信楽の開発する初起の信であるから、無念無想である筈は毛頭ないから、やはり明らかな自覚である。若し無念無想なら開発とはいわれない。その自覚の初刹那を一念と説かれたのだ。
 聖人はこれを、「極速円融之真詮」とも仰有って長い間かかって少しずつ諦得する御慈悲なら極速とはいわれないが、聞即信の一念のはやわざだから極速といい、その一念で仏智満入、仏智全領して微塵の不足もなく大満足させられるから円融の真詮といわれたのである。
 これを曇鸞大師は『論註』に
 譬えば千歳の闇室に、光若し暫く至れば、即便ち明朗なるが如し。闇豈室にあること千歳にして去らずと言うことを得ん耶
と説き、一念で救われることを喩誡せられている。

 その次の一刹那に沸き上る慶びを広大難思の慶心と仰有ったので、無量永劫の流転の絆をたち切られて地獄一定が極楽一定と転じ変り、功徳の大宝海をただ貰いさせられて不可称不可説不可思議の功徳が身にみちみちて下された時の喜びは、至心信楽己れを忘るるというも愚かなり。真に手の舞い足の踏むところのない大歓喜が起きるのだ。

と大きく変っています。その後の高森会長の著書や親鸞会の出版物には、これと同様のことが書かれています。
なぜ、高森会長は主張を変えたのか。
新興宗教は、法華系が大半です。創価学会をはじめとして、勢力を拡大していく団体も多くありました。高森会長はそれを見ていて、親鸞聖人の教え通りに布教していては、勢力拡大は見込めないと考えたのかも知れません。新興宗教的な神秘体験を説くことで、信者獲得を目指したのでしょう。アニメの善鸞と高森会長が重なって見えます。

ここで使われている『浄土論註』の千歳の闇室のたとえは、高森会長の言っている意味ではありません。
『浄土論註』を読んだことがある訳ない
でも既に書きましたが、五逆罪と『観無量寿経』に説かれた十念との重さを比べられたものです。五逆罪を千歳の闇室、『観無量寿経』に説かれた十念を光にたとえられています。親鸞聖人は『教行信証』信巻で阿闍世の物語の後に、五逆罪を犯した者でも救われることを説明されるために『浄土論註』を引文されているのです。
千歳の闇室のたとえの次に、『浄土論註』では、

問うていはく、いくばくの時をか名づけて一念とするやと。

答へていはく、百一の生滅を一刹那と名づく。六十の刹那を名づけて一念とす。このなかに念といふは、この時節を取らざるなり。ただ阿弥陀仏を憶念して、もしは総相もしは別相、所観の縁に随ひて心に他想なくして十念相続するを名づけて十念とすといふなり。ただ名号を称することもまたまたかくのごとしと。

(現代語訳)
問うていう。一念とはどのくらいの時間をいうのか。

答えていう。百一の消滅を一刹那といい、六十刹那を一念というのであるが、いまここでいう念は、このような時間の長さをいうのではない。ただ、阿弥陀仏を心に念じて、その全体のすがたでも、またそれぞれの部分のすがたでも、その観ずるところにしたがって、心に他の想いをまじえず、十回念じ続けるのを十念というのである。ただ名号を称えることについても、また同じである。

と、一念が時間の極まりであることを説明された上で、ここでは時間の長さという意味ではないと敢て否定されているのです。曇鸞大師、親鸞聖人が敢て否定されたものを、千歳の闇室と結びつけて説明しているのです。

高森会長は、『浄土論註』も『教行信証』も読んだことがない上に、新興宗教的な神秘体験と他力信心とを結びつけたいがために、こんな基本的な誤りを自信満々に語れるのでしょう。
これでは誰も救われないのは当然です。

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