« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010年7月

2010年7月31日 (土)

三つの髻を剃りすてずは、法師といひがたし

昨年初めより、高森会長の布教師としての資質を疑問視する声が、以前とは比較にならないほど急激に大きくなりました。高森会長の過去に併せて、高森会長の人間性、布教の真の目的が暴かれてしまったからです。

『口伝鈔』に、このようなことが書かれています。

そのとき聖人(源空)のたまはく、「法師には三つの髻あり、いはゆる勝他・利養・名聞これなり。この三箇年のあひだ源空がのぶるところの法文をしるし集めて随身す。本国にくだりて人をしへたげんとす、これ勝他にあらずや。それにつけてよき学生といはれんとおもふ、これ名聞をねがふところなり。これによりて檀越をのぞむこと、詮ずるところ利養のためなり。この三つの髻を剃りすてずは、法師といひがたし。よつて、さ申しつるなり」と[云々]。

これは史実と異なることが指摘されていますが、法然上人が仰ったとされるその内容を汲み取って頂くために紹介しておきます。出家した人には、髻はありません。ない筈の髻が残っているとたとえをもって、法然上人が仰ったとされています。
ここで、華光会の伊藤康善師が高森会長に対して言われようとした話と置き換えてみると、実にぴったりきます。

高森会長が、華光会で学んで、華光会から独立して富山に戻ろうとしたところ、伊藤康善師から、「君には三つの髻がある。それは勝他・利養・名聞だ。私が教えてきたこと及び私の書籍を携えて、富山に戻って、真宗の僧侶を言い負かそうとする、これは勝他ではないのか。大沼法竜師の教えも学んで、すばらしい学者といわれたいと思う、これを名誉を願っているというのだ。これらによって、信者を集めようとすること、結局は自己の利益追及のためである。勝他・利養・名聞の三つの髻を剃り落さずしては、布教師とはいえない。」と叱りつけられた。

親鸞会を作った時に、伊藤康善師が高森会長に諌めの手紙を出されたり、直接会いに富山まで行かれたりしたそうですが、その時の伊藤康善師が言われたかったことに極めて近いでしょう。ただし実際は、伊藤康善師に会おうともせず、忠告を聞こうともしなかったそうですので、会話が成立せず、そこは違います。

勝他・名聞は、本願寺との論争、盗作等で、説明は不要でしょう。
利養については、「さよなら親鸞会」に投稿として、多く取り上げられています。会員のための布教ではなく、自己の欲望を満たすための布教ということがよく判ります。

投稿:高森顕徹会長の人格(3)

 高森会長は、会員さんのことを心に掛けて、早く信心決定してもらいたいと常に思い続けている、と聞かされ続けてきましたが、それは全くの嘘です。

 私は信心決定1つを目的に、長年親鸞会で求めてきました。「善知識には親しみ近付け」と親鸞聖人も教えられ、Y総務局長からは、「信心決定できるかどうかは、高森先生とどれだけ御縁をもてるかだ」と聞かされてきました。それで私は少しでも、高森会長に近付こうと常に心掛けてきました。講師部は高森会長との縁がかなりあると思い、講師部へ入りましたが、一般の講師部員は高森会長と直接話をすることは皆無です。会員さんとの違いは、講師部講義に参加できるということだけです。

 それでは「善知識に親しみ近付け」が実践できないと思い、高森会長と話のできる任務に自ら就きました。そのことで高森会長と直接話をすることができ、善知識に近付けたと喜んでいたものです。

 ところが、年々高森会長との距離が遠くなっていくのを感じました。お忙しいのだろうと思い込もうとしていましたが、実は高森会長の方から、接する人を限定するようになっていることに気が付いたのです。なぜ、一般の会員さんと親しく接しようとしないのだろうか、それどころか講師部員とさえ、話をしないのはどうしてだろうか、敢て」避けているように感じられるのだが、という疑問が段々大きくなってきたのです。

 その疑問が確信に変わったのは、正本堂の工事中でした。正本堂の工事中に、本館と顕真会館を結ぶ渡り廊下が造られているのに気が付き、そのことを工事関係者に尋ねたところ、高森会長専用の渡り廊下との答えでした。更に詳しく聞いてみると、設計時にはなかったが、高森会長が工事中に自分専用の渡り廊下を造るように指示したというのです。

 私は大変なショックを受けました。工事の費用はもちろん会員さんの御報謝ですのでそれも問題ですが、それ以上に、自分を特別視せよと指示していることが信じられませんでした。

 それからいろいろと調べてみると、全国の会館には、高森会長専用の玄関、エレベーター、寝室と応接室、秘書室がどこにも用意されていることがわかったのです。真生会病院でさえ、自分専用の玄関と病室、応接室があるのです。正本堂には、高森会長専用の巨大な厨房が2つあり、家族の部屋まで用意されていて、家族は休み時間はそこに籠もって一般会員さんと接するのを拒否しています。

 真生会の医師には、「君たちの使命は、地域の患者を看ることではなく、ワシの体を守ることだ」とか、「ワシが真生会は特専部の城だといったのを、自分達の城と思っているようだが、ワシの城だ、勘違いするな」といっていたことも後で知りました。

 親鸞聖人が、「御同朋、御同行」、「弟子一人ももたず」と仰っておられたことは、高森会長からも何百回も聞いてきましたが、自分はまるで反対のことをしており、しかも自らが指示して無二の善知識と崇め奉らせていたのです。

 善知識に親しみ近付けと教えながら、高森会長自身が会員さんから遠ざかっているのは、明らかに矛盾しています。つまりは、「皆々信心決定あれかしと朝夕思いはんべり」の気持ちなどさらさらないのです。ただ自分が特別な存在であることを認めさせたいだけなのです。

これ以外にも「さよなら親鸞会」には、高森会長の深い欲望の現われについていくつも書かれてあります。最も顕著なのが、高森会長の施設です。
2chには、それをまとめたものがテンプレートとしてUPされています。

本館4階(160帖)和室、洋室、応接室、家族室、配膳室
本館3階 配膳室
本館2階 控え室
本館1階 玄関、厨房
本館ー正本堂の渡り廊下
正本堂7階(200帖)応接室、洋室、和室、家族室
正本堂6階 秘書室、配膳室、会議室、応接室
正本堂4階 厨房(40帖+16帖)
正本堂3階 控え室
正本堂1階 車寄せ(260帖)、玄関+ホール(70帖)
同朋の里F館6階(160帖)和室×3、寝室、書斎、リビング、キッチン、更衣室、洗濯家事室
同朋の里F館5階 応接室、秘書室
同朋の里F館1階 玄関、駐車場

これ以外にもチューリップビル、真生会、法輪閣にも、会長施設があります。
詳しくは

投稿:正本堂の会長施設について
正本堂図面
投稿:F館の会長専用施設
投稿:本館の会長専用施設
本館とF館の会長御殿
弘宣部ビルでの浄財大散財
真生会富山病院会長室ほか

三つの髻を剃りすてずは、法師といひがたし

どころの騒ぎではありません。「三つの髻」を誇っている人物が無二の善知識の正体ではないですか。そんな人物から話を聞いて、救われないのは当然です。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2010年7月30日 (金)

「薬あり、毒を好め」を実践する高森会長

親鸞会の善悪の基準は、高森会長の言動です。高森会長がしていること、せよということが善であり、高森会長がしていないこと、するなということが悪になっています。しかし、高森会長の言動自体が無茶苦茶ですから、基準になる筈がありません。

昔、『末灯鈔』の「薬あり、毒を好めと候ふらんことは、あるべくも候はずとぞおぼえ候ふ」について高森会長から話を聞いたことがありましたが、これは高森会長自身のことを親鸞聖人が仰ったのだと、後で判りました。

 まづおのおのの、むかしは弥陀のちかひをもしらず、阿弥陀仏をも申さずおはしまし候ひしが、釈迦・弥陀の御方便にもよほされて、いま弥陀のちかひをもききはじめておはします身にて候ふなり。もとは無明の酒に酔ひて、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒をのみ好みめしあうて候ひつるに、仏のちかひをききはじめしより、無明の酔ひもやうやうすこしづつさめ、三毒をもすこしづつ好まずして、阿弥陀仏の薬をつねに好みめす身となりておはしましあうて候ふぞかし。

 しかるになほ酔ひもさめやらぬに、かさねて酔ひをすすめ、毒も消えやらぬになほ毒をすすめられ候ふらんこそ、あさましく候へ。煩悩具足の身なればとて、こころにまかせて、身にもすまじきことをもゆるし、口にもいふまじきことをもゆるし、こころにもおもふまじきことをもゆるして、いかにもこころのままにてあるべしと申しあうて候ふらんこそ、かへすがへす不便におぼえ候へ。酔ひもさめぬさきになほ酒をすすめ、毒も消えやらぬに、いよいよ毒をすすめんがごとし。薬あり、毒を好めと候ふらんことは、あるべくも候はずとぞおぼえ候ふ。

(現代語訳)
 そもそもみなさんは、かつては阿弥陀仏の本願も知らず、その名号を称えることもありませんでしたが、釈尊と阿弥陀仏の巧みな手だてに導かれて、今は阿弥陀仏の本願を聞き始めるようになられたのです。以前は無明の酒によって、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒ばかりを好んでおられましたが、阿弥陀仏の本願を聞き始めてから、無明の酔いも次第に醒め、少しずつ三毒も好まないようになり、阿弥陀仏の薬を常に好むようになっておられるのです。

 ところが、まだ酔いも醒めていないのに重ねて酒を勧め、毒も消えていないのにさらに毒を勧めるようなことは、実に嘆かわしいことです。煩悩をそなえた身であるからといって、心にまかせて、してはならないことをし、いってはならないことをいい、思ってはならないことを思い、どのようにでも心のままにすればよいといいあっているようですが、それは何とも心の痛むことです。酔いも醒めないうちにさらに酒を勧め、毒も消えないうちにますます毒を勧めるようなものです。毒があるから好きこのんで毒を飲みなさいというようなことはあってはならないと思います。

親鸞聖人は、このように教えておられます。
高森会長は、他人の著作を盗作しておきながら、それを堂々と販売したり、会員・非会員を職員に引き抜いてきても、都合が悪くなると、放り出して路頭に迷わせたり、何より、自己の欲望を満たすために親鸞聖人の教えと真逆のことを説いて平気な人物です。十悪・五逆・謗法を犯すことに対して、懺悔の気持ちどころか、好んで犯している始末です。

もっとも、このたとえ通りのことを高森会長がしていることをある方が教えて下さいました。

「さよなら親鸞会」投稿:高森顕徹会長の食生活

高森顕徹会長の食生活について、内部事情に詳しい人から投稿がありました。
私たちが伝えられている高森会長の姿と、真実の姿には実は相当な隔たりがあります。そのことをこのエントリを通じて知っていただければと思います。

---------------------------------------------

 布教に命を掛けているので、健康に誰よりも気を遣っていると宣伝されている会長でありますが、実は極めて不健康な食生活をしていることは余り知られていません。
 「君たちは味蕾(舌の味を感じとる部分)が破壊されている」と周りの者に会長自身のグルメぶりを自慢していたのは有名でありますが、実は味蕾が敏感ではなく、その逆であったのです。

 会長は懇親会が好きです。懇親会に使われる旅館は、以前は頻繁に変わっていました。その理由が、食事でありました。ところが何年もお気に入りの旅館があります。その旅館は、会長が食事にこだわりがあることを聞きつけて、会長好みの味を尋ね回ったと言います。塩辛い、濃い味が好みであることを料理長が知って、そこの旅館での懇親会では、会長の好みに合わせた塩辛い、濃い味の食事が出されるようになりました。もちろん会長が利用するときだけでありますが。そのことで会長の信頼を得て長年同じ旅館で懇親会が催されているのです。
 またレストラン祇園は、高森会長の親戚であるY山氏が料理長として始まりました。しかし、Y山氏は職人肌の人で、人間関係をうまくこなすことができず、経営的なこともあってY山氏に変わる別の人を探すことになりました。そこで、高森会長は会員でないお気に入りのある料理人を引っ張ってきて、祇園の板長としました。そして新たな体制で祇園が再スタートした訳です。会長が連れてきた板長でありましたが、味について会長と板長とが衝突することが度々ありました。会長は自分のいうことはすべて絶対であると思っていますので、自分に合わせない板長が疎ましくなっていきました。一般受けする味は会長には薄味としか思えず、結局板長以下職員をすべてを解雇したのです。この後暫く祇園は閉鎖となり、M本講師が女将として会長の許可が出るまで使うことができなかったのは、少し古い会員さんならご存知でしょう。
 現在では、祇園、法輪閣、サンキューに長年料理人として腕を振るってきた会員の新たな料理人が入ってきていますが、これらの人も会長の塩辛い、濃い味への厳しい"御指導"により、泣く泣く長年の味を変えざるを得なかったといいます。
 会館滞在時の食事は、会長専属の料理人が何人もいて、食事を用意していますが、当然塩辛く、甘く、脂っこく、濃い味の料理が作られています。
 自身の不健康は自因自果としても、会員や関係者にまで不健康を押しつけながら、「会長先生は、学徒の皆さんの健康まで気遣って下されている」といわせているのが会長であるのです。

言行不一致も、ここまでくると尊敬に値するかも知れません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月28日 (水)

”どんな小さな善もすべて獲信の因縁であった” ?????

こうへい氏には失望させられてばかりですが、今回も逃亡でしょう。こうへい氏が無安心、異安心であることは以下の発言でも明らかです。

”どんな小さな善もすべて獲信の因縁であった”
という心は、廃るのではなく、反対で、
一念で救われてからずっとあります。

こんなことを堂々と言っているのですから、情けないものです。親鸞会から発行されている書籍以外に読んだことが無いのでしょう。高森会長が善知識方の御著書を読んだことがないから、仕方がないことです。
mixiの中で、いろいろと指摘されていますが、別の根拠を挙げれば、

『口伝鈔』には

上人[親鸞]仰せにのたまはく、
「某はまつたく善もほしからず、また悪もおそれなし。
善のほしからざるゆゑは、弥陀の本願を信受するにまされる善なきがゆゑに。悪のおそれなきといふは、弥陀の本願をさまたぐる悪なきがゆゑに。
しかるに世の人みなおもへらく、善根を具足せずんば、たとひ念仏すといふとも往生すべからずと。またたとひ念仏すといふとも、悪業深重ならば往生すべからずと。
このおもひ、ともにはなはだしかるべからず。
もし悪業をこころにまかせてとどめ、善根をおもひのままにそなへて生死を出離し浄土に往生すべくは、あながちに本願を信知せずともなにの不足かあらん。
そのこといづれもこころにまかせざるによりて、悪業をばおそれながらすなはちおこし、善根をばあらませどもうることあたはざる凡夫なり。
かかるあさましき三毒具足の悪機として、われと出離にみちたえたる機を摂取したまはんための五劫思惟の本願なるがゆゑに、ただ仰ぎて仏智を信受するにしかず。
しかるに善機の念仏するをば決定往生とおもひ、悪人の念仏するをば往生不定と疑ふ。
本願の規模ここに失し、自身の悪機たることをしらざるになる。
おほよそ凡夫引接の無縁の慈悲をもつて修因感果したまへる別願所成の報仏報土へ五乗ひとしく入ることは、諸仏いまだおこさざる超世不思議の願なれば、たとひ読誦大乗・解第一義の善機たりといふとも、おのれが生得の善ばかりをもつてその土に往生することかなふべからず。
また悪業はもとよりもろもろの仏法にすてらるるところなれば、悪機また悪をつのりとしてその土へのぞむべきにあらず。

 しかれば機に生れつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず失ともならざる条勿論なり。さればこの善悪の機のうへにたもつところの弥陀の仏智をつのりとせんよりほかは、凡夫いかでか往生の得分あるべきや。
さればこそ、悪もおそろしからずともいひ善もほしからずとはいへ」。

(石田瑞磨著『親鸞全集』の現代語訳)
聖人が仰せられたことには、
「わたしは決して、善を行ないたいとも思わないし、また悪を犯すことも恐れはしない。
善を行いたいとも思わないわけは、阿弥陀仏の本願を頂いて信ずる以上に勝れている善はないからであり、悪を恐れないというのは、阿弥陀仏の本願のはたらきをさまたげる悪は無いからである。
ところが世間のひとはつねに「善のたねをたくわえなければ、たとい念仏を称えるとしても、浄土に生れることはできない」と思い、また「たとい念仏を称えるとしても、罪悪が重ければ、浄土に生れることはできない」と思っている。
しかし、この考えは二つともはなはだしく間違っている。
もし、心のままに悪事をとどめ、思いどおりに善のたねをそなえて、この生死をくりかえす迷いから逃れ出て、浄土に生れることができるときは、強いて阿弥陀仏の本願を信じ、納得しなくても、なんの不足があろうか。
しかしこれがいずれも意のままにならないために、罪を恐れながらも、恐れる心のはしからこれを犯し、善のたねをたくわえたいと願っても、そうすることができない愚かなものなのである。
こうした、貪りと怒りと心の暗い愚かさとにまみれ、罪悪を犯す素質だけしかもたない、自分の力では迷いから逃れ出る途の絶えた素質のひとを救い取るために、五劫という永いあいだ、熟思に熟思を重ねた末、たてられた本願であるから、ただ仰いで、この阿弥陀仏の智恵を信ずるよりほかにはない。
ところが、善を行える素質をもったものが念仏を称えるのを見ると、かならず浄土に生れることができると思い、悪人が念仏するのを見ると、生れるとはかぎらないと疑うから、
ここに本願の面目は失われ、また自分が悪しか行えないことが素質のものであることを知らないで終わるのである。
おおよそ、愚かなものを救おうとする絶対平等の慈悲をもって、修行の結果、その目的のとおりに、成就することができた真実の仏の浄土に、どんな教えを奉ずるものもすべて等しく導きいれようという阿弥陀仏の誓いは、阿弥陀仏以外の諸仏のいまだかつておこしたことのない、どのような世界にもなかった、思惟を超えた誓いであるから、たといつねに大乗の経典を読み、勝れた教えを理解することができる素質のよいひとであっても、生れつきそなわっている善だけで、その浄土に生れることは許されない。
また悪い行為は、もともと仏の教えからは捨てられるものであるから、罪悪を犯す素質だけしかもたないものが悪をますます重ねることによって、その浄土に行くというものでもない。

こうしたわけだから、生れつき素質としてそなえている善・悪のいずれも、真実の浄土に生れるための好条件にも悪条件にもならないということは、もちろんである。
したがって、この善・悪の素質をそなえたままで、与えられたところの阿弥陀仏の智恵をますますはげしくたのむよりほかに、愚かなものにどうして浄土に生れるための好条件があるだろうか。あるはずがないのである。
だからこそ、「悪を犯すことも恐れはしない」ともいい、「善を行いたいとも思わない」ともいったのである。」

と親鸞聖人のお言葉として覚如上人が紹介しておられます。
親鸞会の考えは

善根を具足せずんば、たとひ念仏すといふとも往生すべからずと。またたとひ念仏すといふとも、悪業深重ならば往生すべからずと。

これでしょう。善が間に合わないと教えてはいますが、善をせずしては救われないというその心は、これです。それを親鸞聖人は厳しく戒めておられます。

このおもひ、ともにはなはだしかるべからず。

親鸞会では

悪業をばおそれながらすなはちおこし、善根をばあらませどもうることあたはざる凡夫なり。

この部分だけ取り出して教えていますが、こんな凡夫であるから、五劫の思惟によって、善悪関係なく救う本願を建てられたのです。それなのに救われるのに、「善をせよ」というのは、阿弥陀仏の五劫の思惟を無駄にする教えです。

”どんな小さな善もすべて獲信の因縁であった”

しかしこれは、酷いです。真宗教義を根本から覆すものであって、読み流すことのできない邪説です。

『口伝鈔』には別に

たとひ万行諸善の法財を修し、たくはふといふとも、進道の資糧となるべからず。

と仰っています。これを読まれれば、より邪義が明らかになります。

たとえ諸善を修し、善根をたくわえるといっても、往生のもといとはならないのです。

しかし、こんな明確な間違いに気が付かないのでしょうか?

こうへい氏はかつて、

親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人の仰ることこそ、
浄土真宗か否かの物差しであり、

と言っていましたが、親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人の仰ることを物差しとすれば、親鸞会とこうへい氏は、浄土真宗ではないと断定されてしまいました。

今更のことではないですけど。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年7月26日 (月)

せめて十善に努めていれば…

mixiで、こうへい氏は煽られて三願転入の議論を再開したのかと思えば、悪口雑言の限りを尽くして、質問を無視して親鸞会流雑行の説明を始めました。
何1つ答えられないから、それしかできないことは判っていましたが、筋書き通りで笑えます。
それにしても、ここまで人格が曲がってしまうと修正は不可能ではないでしょうか。

なお、雑行の解説は、
元会員から見た浄土真宗親鸞会
にありますので、そちらを御覧下さい。

さて、前回は「念仏諸善比挍対論」について書きましたが、あの続きがあります。

『教行信証』行巻

また機について対論するに、信疑対、善悪対、正邪対、是非対、実虚対、真偽対、浄穢対、利鈍対、奢促対、豪賤対、明闇対あり。

この義かくのごとし。しかるに一乗海の機を案ずるに、金剛の信心は絶対不二の機なり、知るべし。

(現代語訳)
また機について、念仏の機と諸善の機とを比較し、対論すると、次のようになります。
信疑対、念仏者は本願を信じているが、諸善の人は疑っている。
善悪対、念仏者は名号の大善を領受しているから善人であり、諸善の人は雉毒の善しかないから悪人と貶称される。
正邪対、念仏者は正定聚の機であり、諸善の人は邪定聚の機である。
是非村、念仏者は仏意にかなうから是であり、諸善の人は仏意にかなわないから非である。
実虚対、念仏者は仏の真実心を得ているから実といい、諸善の人は自力虚偽の人であるから虚という。
真偽対、念仏者は真実、諸善の人は虚偽であるから、真といい、偽という。
浄穢対、念仏者は浄心を得ているから浄といい、諸善の人は疑濁の人であるから穢という。
利鈍対、念仏者は仏智を得ているから利根であり、諸善の人は仏智を得ていないから鈍根である。
奢促対、諸善の人の成仏はおそいから奢といい、念仏者の成仏はすみやかであるから促という。
豪賤対、念仏者は名号の功徳を得ているから豪富であり、諸善の人は大功徳を失っているから貧賤である。
明闇対、念仏者は仏智を得て無明を破られているから明であり、諸善の人は無明の闇に閉ざされているから闇である。
 このような十一対が成立します。以上のことから、本願一乗海である念仏を疑いなく受けいれている一乗海の機を考えてみると、その体が仏智であるような金剛の信心は比較を絶した絶対不二の機であることがわかります。

この諸善の人を親鸞会会員と置き換えてみれば、念仏者との違いがよく判ります。

奢促対、諸善の人の成仏はおそいから奢といい、念仏者の成仏はすみやかであるから促という。

これは、前回の

径迂対、念仏はさとりに至る近道であり、諸善はまわり道である。
捷遅対、念仏は早くさとりに至る道であり、諸善は遅い道である。

と併せて、講師試験問題

「30年聞いても助からなかった、50年求めても獲られなかったものが此処にきて求まった」と放言する者がいるが、これらの者と次元の異なる親鸞聖人の流転の告白とその根拠を書け。

ここからも、親鸞会は真宗とは明らかに異なった教義であることが判ります。

高森会長、こうへい氏の言動を見てみると、講師試験最初の問題である十善が口先だけであることがよく判ります。
参考までに十善とは、

不殺生・不偸盗・不邪淫
不妄語・不綺語・不悪口・不両舌
不貪欲(不慳貪)・不瞋恚・不邪見

です。せめて十善に努めていれば、ここまで非難されることは無かったのでしょうが、十悪、五逆、謗法の限りを尽くしていては親鸞会が消滅しても、非難され続けるでしょう。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年7月24日 (土)

諸行を廃して念仏に帰せしめんがためにしかも諸行を説く

前回は、講師試験の問題

釈迦はじめ十方諸仏が廃悪修善を説かれたのはなぜか、簡潔に答えよ。

について述べましたが、もし、このように質問されたならどう答えるべきか、法然上人にお尋ねしてみましょう。

『選択本願念仏集』

わたくしに問ひていはく、上輩の文のなかに、念仏のほかにまた捨家棄欲等の余行あり。中輩の文のなかに、また起立塔像等の余行あり。下輩の文のなかに、また菩提心等の余行あり。なんがゆゑぞただ念仏往生といふや。
答へていはく、善導和尚の『観念法門』にいはく、「またこの『経』(大経)の下巻の初めにのたまはく、〈仏(釈尊)、一切衆生の根性の不同を説きたまふに、上・中・下あり。
その根性に随ひて、仏、みなもつぱら無量寿仏の名を念ぜよと勧めたまふ。その人命終らんと欲する時、仏(阿弥陀仏)、聖衆とみづから来りて迎接したまひて、ことごとく往生を得しめたまふ〉」と。この釈の意によるに、三輩ともに念仏往生といふ。

問ひていはく、この釈いまだ前の難を遮せず。なんぞ余行を棄ててただ念仏といふや。
答へていはく、これに三の意あり。一には諸行を廃して念仏に帰せしめんがためにしかも諸行を説く。

(中略)

一に、諸行を廃して念仏に帰せしめんがためにしかも諸行を説くといふは、善導の『観経疏』(散善義)のなかに、「上よりこのかた定散両門の益を説くといへども、仏の本願に望むるに、意、衆生をして一向にもつぱら弥陀仏の名を称せしむるにあり」といふ釈の意に准じて、しばらくこれを解せば、上輩のなかに菩提心等の余行を説くといへども、上の本願(第十八願)に望むるに、意ただ衆生をしてもつぱら弥陀仏の名を称せしむるにあり。
しかるに本願のなかにさらに余行なし。三輩ともに上の本願によるがゆゑに、「一向専念無量寿仏」といふ。

(現代語訳)
わたくしに問うていう。上輩の門の中に、念仏のほかにまた家を捨て欲を離れるなどの余行があり、中輩の文の中にもまた塔をたて仏像をつくるなどの余行があり、下輩の文の中にもまた菩提心などの余行がある。それにどういうわけでただ念仏往生というのか。
答えていう。善導和尚の《観念法門》に、
また、この経 (大経) の下巻の初めにいわれている。「釈迦仏が説かれる。『一切衆生の機根はまちまちで、上・中・下の三種がある。その機根に随って、わたしはみな無量寿仏のみ名をもっぱら称えることを勧める。その人が命終わろうとするときに、阿弥陀仏は聖衆と共にみずから来て迎えとり、ことごとく往生させてくださる。』」
といわれてある。この解釈の意によって三輩共に念仏往生というのである。

問うていう。この解釈ではまだ前の疑難をしりぞけていない。どうして余行を棄ててただ念仏というのか。
答えていう。これに三つの意がある。一つには諸行を廃して念仏に帰せしめるために諸行を説く。

(中略)

一つに、諸行を廃して念仏に帰せしめるために諸行を説くというのは、善導の《観経疏》の中に、
《観経》の初めから、定善・散善の両門の利益を説いてきたけれども、阿弥陀仏の本願に望めてみると、世尊の思し召しは、人々をして一向に専ら阿弥陀仏の名号を称えさせることにあるのである。
といわれた釈の意に準じて、しばらくこれを解釈すると、上輩の中に菩提心などの余行を説かれているけれども、上の本願に望めてみると、世尊の思し召しはただ衆生をして専ら阿弥陀仏の名号を称えさせるにある。ところが、本願の中に更に余行はない。三輩共に上の本願に依るから「一向に専ら無量寿仏を念ずる」と説かれているのである。

と教えて下さっています。

諸行を廃して念仏に帰せしめんがためにしかも諸行を説く

講師試験を受けられた方は、このように回答されましたでしょうか。まさか、

諸善は獲信の因縁になる
善をしなければ信仰は進まない

などという、聖道門か外道の発想が正解と考えている人物がいるとしたら、法然上人を足蹴にする偉大な宗教指導者なのでしょう。

法然上人は念仏一行を一貫して教えられた方です。余りにも徹底的に諸行(諸善)を廃して念仏を立てられたが故に、聖道門からの執拗な弾圧があったのです。

親鸞聖人も、法然上人の教えを受け継がれたことはいうまでもありません。

親鸞聖人は『教行信証』行巻

しかるに教について念仏諸善比挍対論するに、難易対、頓漸対、横竪対、超渉対、順逆対、大小対、多少対、勝劣対、親疎対、近遠対、深浅対、強弱対、重軽対、広狭対、純雑対、径迂対、捷遅対、通別対、不退退対、直弁因明対、名号定散対、理尽非理尽対、勧無勧対、無間間対、断不断対、相続不続対、無上有上対、上上下下対、思不思議対、因行果徳対、自説他説対、回不回向対、護不護対、証不証対、讃不讃対、付属不属対、了不了教対、機堪不堪対、選不選対、真仮対、仏滅不滅対、法滅利不利対、自力他力対、有願無願対、摂不摂対、入定聚不入対、報化対あり。
この義かくのごとし。しかるに本願一乗海を案ずるに、円融満足極速無碍絶対不二の教なり。

(現代語訳)
しかるに教法について、念仏と諸善とを比較し、相対して論じると、次のようになります。
難易対、諸善は難行であり、念仏は易行である。
頓漸対、念仏は速やかに成仏し、諸善は長い時間を要する。
横竪対、念仏は他力によって横さまに迷いを超え、諸善は自力によって、竪さまに順を迫って迷いを離れていく。
超渉対、念仏は迷いの世界を飛び超えるが、諸善は歩いて渡るようなものである。
順逆対、念仏は本願に順じているが、諸善は本願に背いている。
大小対、念仏は大功徳であるが、諸善の功徳は小さい。
多少対、念仏は多善根であるが、諸善は少善根である。
勝劣対、念仏は最勝の行であり、諸善は劣行である。
親疎対、念仏は仏に親しく馴染み深いが、諸善は疎遠である。
近遠対、念仏は仏に近く、諸善は遠く離れている。
深浅村、念仏は深い法であり、諸善は浅薄である。
強弱対、念仏は強い本願に支えられているが、諸善を支える自力は弱い。
重軽対、念仏は重い願力に支えられているが、それのない諸善は軽い。
広狭対、念仏は一切を救うから広く、諸善は善人にかぎるから狭い。
純雑対、念仏は純粋な往生行であるが、諸善は三乗に通ずる行である。
径迂対、念仏はさとりに至る近道であり、諸善はまわり道である。
捷遅対、念仏は早くさとりに至る道であり、諸善は遅い道である
通別対、諸善は聖道に通ずる通途の法であり、念仏は特別の法である。
不退退対、念仏は不退転の法であり、諸善は退転のある法である。
直弁因明対、念仏は仏の出世の本意としてただちに説かれた法であり、諸善は自力の機に止むを得ず説かれた法である。
名号定散対、念仏は釈尊が付属された名号であり、諸善は付属されなかった定散二善である。
埋尽非理尽対、念仏は道理を尽くして説かれた完全な法であり、諸善は理を尽くさない不完全な説にすぎない。
勧無勧対、念仏は十方の諸仏が勧められる法であり、諸善には諸仏の勧めはない。
無間間対、念仏は他力に支えられているからその信心は途切れることがないが、諸善を修するものの信は途切れることがある。
断不断対、念仏は摂取されているから信心断絶しないが、諸善は断絶する。
相続不続対、念仏は法の徳によって臨終まで相続するが、諸善は相続しない。
無上有上対、念仏は無上の功徳を具しているが、諸善は有上功徳でしかない。
上上下下対、念仏は最も勝れた上上の法であるが、諸善は下下の法である。
思不思議対、念仏は不可思議の仏智の顕現であり、諸善は分別思議の法である。
因行果徳対、諸善は不完全な囚人の行であるが、念仏は阿弥陀仏の果徳を与えられた完全な法である。
自説他説対、念仏は阿弥陀仏自身が説かれた行法であり、諸善はそうではない。
回不回向対、諸善は衆生が回向しなければ往生行にはならないが、念仏は如来回向の法であるから、衆生は回向する必要がない。
護不護対、念仏は如来に護念せられる法であるが、諸善には護念はない。
証不証対、念仏は諸仏が証明されているが、諸善には諸仏の証明がない。
讃不讃対、念仏は諸仏に讃嘆される法であるが、諸善は讃嘆されない。
付嘱不嘱対、念仏は釈迦・弥陀二尊の本意にかなった法であるから付属されたが、諸善は付属されなかった。
了不了教対、念仏は仏の本意が完全に説き示された法であるが、諸善はそうではなかった。
機堪不堪対、念仏はどのような愚劣の機にも堪えられるように成就された法であるが、諸善は劣機には堪えられない法である。
選不選対、念仏は如来が選び取られた法であり、諸善は選び捨てられた法である。
真仮対、念仏は真実の法であり、諸善はしばらく仮に用いられる方便の法である。
仏滅不滅対、諸善のものは往生しても入滅する応化仏を見るが、念仏往生のものは永久に入滅しない真仏を見る。
法滅利不利対、法減の時になっても念仏は滅びることなく衆生を利益し続けるが、諸善は滅びるから利益がない。しかし、これを法減不滅対と利不利対の二対に分ける説もある。
自力他力対、諸善は自力の法であり、念仏は他力の法である。
有願無願対、念仏は本願の行であり、諸善は本願の行ではない。
摂不摂対、念仏は摂取不捨の利益があり、諸善は摂取されない。
入定聚不入対、念仏は正定聚に入る法であるが、諸善は正定聚に入れない。
報化対、念仏は真実報土に往生する行であるが、諸善は化土にとどまる行である。

と仰っています。念仏と諸善とをこれでもかこれでもかと徹底的に比較されて、念仏1つを説かれた方が親鸞聖人です。

その中で、

勧無勧対、念仏は十方の諸仏が勧められる法であり、諸善には諸仏の勧めはない。

この意味は判りますかね。判らなければ、小学生に意味を教えてもらってください。

念仏諸善比挍対論」を知る由もなく、念仏を軽視して諸善を重視する親鸞会は、高森会長が開祖、もしくは教祖であることは間違いないでしょう。

| | コメント (2)

2010年7月22日 (木)

恒沙塵数の如来は 万行の少善きらひつつ 名号不思議の信心を ひとしくひとへにすすめしむ

講師試験の問題で、特におかしいものがもう1つあります。

釈迦はじめ十方諸仏が廃悪修善を説かれたのはなぜか、簡潔に答えよ。

聖道諸宗の試験問題なら判りますが、真宗ではあり得ない程的外れな問題です。
前回このおかしさについて概ね答えておりますが、もし真宗の試験問題であれば、

釈迦はじめ十方諸仏が念仏を証誠護念されたのはなぜか、簡潔に答えよ。

でしょう。親鸞会は発想が根本的に狂っています。『阿弥陀経』に何が説かれてあるのか知らないのでしょうか。

『浄土和讃』弥陀経讃には、

恒沙塵数の如来は 万行の少善きらひつつ
 名号不思議の信心を ひとしくひとへにすすめしむ

(現代語訳)
恒沙、 塵数にも譬えられる無数の諸仏方は、 念仏以外の自力の行、 すなわち諸善万行を、少善で価値の低い行であり、 この行によっては往生成仏することができないと貶し、名号不思議の信心こそ往生成仏の道であると、 諸仏皆一緒になって、 ただ念仏一つをお勧めくださっている。

十方恒沙の諸仏は 極難信ののりをとき
 五濁悪世のためにとて 証誠護念せしめたり

(現代語訳)
十方世界のガンジス河の砂の数ほどたくさんおいでになる諸仏方は、 名号のお謂れを聞信する一つで凡夫が仏になるという常識では極めて信じ難い教えを説き、 五濁悪世の衆生のために、 誠心誠意を持って間違いないと証明し、 信心を失わないようにお護りくださいます。

諸仏の護念証誠は 悲願成就のゆゑなれば
 金剛心をえんひとは 弥陀の大恩報ずべし

(現代語訳)
諸仏が護念証誠されるのは、 その本をたずねると、 阿弥陀如来が十方諸仏方に名号を讃嘆させ、 それを衆生に伝えたいと誓われたからである。 私たちが本願名号に遇うことができるのも、 諸仏の一人である釈尊が弥陀の願いに動かされて、 本願名号のすばらしさを誠心誠意証明し、 この道を行けとお勧めくださるからである。 金剛のような、 何ものにも破壊されない他力の信心を得た人は、 諸仏の護念証誠もその本をたずねると、 弥陀の悲願より出ているので、 如来のご恩に感謝しなければならない。

五濁悪時悪世界 濁悪邪見の衆生には
 弥陀の名号あたへてぞ 恒沙の諸仏すすめたる

(現代語訳)
五濁悪時といわれる悪い時代の、 濁りきった悪世界に住んでいる邪見の衆生のためには、諸善万行を修行してさとりを開くという仏法では、 とてもさとりに至ることはできない。濁悪邪見の衆生のために、 弥陀の名号のいわれを信じさせ、 称えさせて、 さとりを得させたいと、 恒沙の諸仏がお勧めになった。

と親鸞聖人も教えられています。この中でも特に最初の御和讃、

恒沙塵数の如来は 万行の少善きらひつつ
 名号不思議の信心を ひとしくひとへにすすめしむ

親鸞会の会員は、この御和讃が読めますか? 意味が判りますか?

講師試験の問題が、真宗界から出題されたものでないことは、これで御判りでしょう。

仏教は、対機説法です。修行に堪えられるエリートには、聖道門が説かれて、諸善万行を勧められています。聖道門の修行を断念した人に、要門を説かれました。しかし、落ちこぼれの凡夫には、釈尊も十方諸仏も、諸善ではなく念仏1つを勧められているのです。それが『往生要集』

極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に生ずることを得

です。
こんな基本中の基本さえ判らずして、真宗を名乗るな、親鸞聖人の御名前を騙るな、といいたいです。

古代インドにはバラモン教がありました。親鸞会で教えている内容と同じ宿命論的な因果の道理を説き、絶対的な幸福になるために廃悪修善を勧めていました。差別思想による階級制度は有名です。釈尊は、これらを否定されて仏教を説かれました。
親鸞会は、バラモン教に非常に近いと思うのは、私だけでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月21日 (水)

誠なるかな、摂取不捨の真言、超世希有の正法聞思して遅慮することなかれ

昨日の続きです。
親鸞会は聖道門と浄土門についての理解さえも無茶苦茶です。
前々回紹介した『持名鈔』に、

おほよそ持戒・坐禅のつとめも転経・誦呪の善も、その門に入りて行ぜんに、いづれも利益むなしかるまじけれども、それはみな聖人の修行なるがゆゑに、凡夫の身には成じがたし。われらも過去には三恒河沙の諸仏のみもとにして、大菩提心を発して仏道を修せしかども、自力かなはずしていままで流転の凡夫となれり。いまこの身にてその行を修せば、行業成ぜずしてさだめて生死を出でがたし。されば善導和尚の釈(散善義)に、「わが身無際 よりこのかた、他とともに同時に願を発して悪を断じ、菩薩の道を行じき。他はことごとく身命を惜しまず。道を行じ位にすすみて、因まどかに果熟す。聖を証せるもの大地微塵に踰えたり。しかるにわれら凡夫、乃至今日まで、 虚然として流浪す」といへるはこのこころなり。しかれば、仏道修行は、よくよく機と教との分限をはかりてこれを行ずべきなり。すべからく末法相応の易行に帰して、決定往生ののぞみをとぐべしとなり。

とあり、聖道門は聖人のためのものであって、凡夫には行が成じがたく、いままで流転してきたことが説明されています。ここで善導大師の『散善義』の御言葉を引用されています。

わが身は無際よりこのかた、他とともに同時に願を発して悪を断じ、菩薩の道を行じき。他はことごとく身命を惜しまず。道を行じ位を進みて、因円かに果熟して、聖を証せるもの大地微塵に踰えたり。しかるにわれら凡夫、すなはち今日に至るまで、虚然として流浪す。煩悩悪障は転々してますます多く、福慧は微微たること、重昏を対して明鏡に臨むがごとし。たちまちにこの事を思忖するに、心驚きて悲歎するに勝へざるものをや。

(現代語訳)
わが身は、無始よりこのかた、他のものと同時に、発願し、悪を断ち、菩薩の道を行じたのに、他のものはことごとく身命を惜しまず、修行して位を進め、因が円満し、果が成就して、聖者の位を証した。その数は、大地を微塵にくだいたよりもなお多い。しかるに、われら凡夫は過去より今日に至るまで、いたずらに流転して、煩悩の悪障が次第にますます多くなり、福徳智慧のきわめて少ないことは、重昏くらやみをもって明鏡に望むがようである。今このことを考えると、どうして心驚き悲しまずにおられようか。

無始より一緒に菩薩の道を行じてきた数限りもない方々が、すでに聖者の位を証してきました。しかし、我等凡夫は、修行に堪えられず、流転を繰り返すのみであったと善導大師は述懐されています。流転を重ねて来た凡夫は、善をしようとしても出離ができなかったのです。判りやすく言えば、我々凡夫は仏道修行の落ちこぼれなのです。聖道門はエリート方のための教えということです。親鸞会の言うように、誰もできない教えが聖道門ではありません。

出離の縁のなかった落ちこぼれの凡夫のための教えが、浄土門であり、阿弥陀仏の本願です。出離の縁のない極重の悪人をも救い摂る18願を阿弥陀仏が建てて下され、釈尊、善知識方が、18願1つを勧めて下されているのです。それなのに、

お前たちはまだ善ができると自惚れているから善ができないと知らされるまで善をせよ

と阿弥陀仏、釈尊、善知識方が仰る筈がありません。その逆で、

これまで自力では出離できなかっただろう。だから、偏に他力に帰しなさい

と教えられているのです。それを存覚上人は、

すべからく末法相応の易行に帰して、決定往生ののぞみをとぐべしとなり。

と言われています。
同様のことを親鸞聖人は『正像末和讃』

正法の時機とおもへども 底下の凡愚となれる身は
 清浄真実のこころなし 発菩提心いかがせん

(現代語訳)
自力で悟りを獲られるという正法の時代の人間であっても、 煩悩だけしか持っていない凡夫では、 仏になる清浄心・真実心など持っていません。 だから、 仏になろうなどという心をどうして発おこすことができましょうか。


自力聖道の菩提心 こころもことばもおよばれず
 常没流転の凡愚は いかでか発起せしむべき

(現代語訳)
自力聖道の菩提心は深淵で、 心で思いはかることもできないし、 言葉でもあらわすこともできません。 そのような清らかな心になることはできません。 いつも迷いの世界をさまよっている愚かな凡夫は、 どうして自力の菩提心を発おこすことができましょうか。


三恒河沙の諸仏の 出世のみもとにありしとき
 大菩提心おこせども 自力かなはで流転せり

(現代語訳)
過去世において、 ガンジス河の砂のように無数の諸仏の出世されたみもとで大菩提心を発おこしたけれども、 自力ではさとりがえられず、 ただ迷いの世界を流転しているだけなのです。

と仰っています。
親鸞会では、親鸞聖人が聖道門を否定されたように教えていますが、親鸞聖人はエリートのための聖道門を認められた上で、末法の落ちこぼれの凡夫は、時と機の両面で、自力諸行の教えは不相応だから他力18願1つを願い求めよと教えられているのです。
以前にも紹介しました『教行信証』化土巻

まことに知んぬ、聖道の諸教は在世・正法のためにして、まつたく像末・法滅の時機にあらず。すでに時を失し機に乖けるなり。浄土真宗は在世・正法・像末・法滅、濁悪の群萌、斉しく悲引したまふをや。

と仰っている通りです。
親鸞聖人は過去世まで振り返られて、不相応の自力諸行に励んでも流転しかしてこなかった、しかも18願他力念仏を疑って、自力を信じてきたことを懺悔されて、三願転入の文を書かれ、『教行信証』総序では

ああ、弘誓の強縁、多生にも値ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。
たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かへつてまた曠劫を経歴せん。誠なるかな、摂取不捨の真言、超世希有の正法聞思して遅慮することなかれ。

と表現なされたのです。親鸞聖人が仰っていることは、18願を信じられず、自力の教え漸教に迷っていた多生、億劫のことを述懐されて、「値ひがたく」「獲がたし」であって、18願を願って求めようと思う人、宿善の機に対しては、「聞思して遅慮することなかれ」と頓教、平生業成、今の救いを強調なされているのです。「摂取不捨の真言、超世希有の正法」は頓教だから、ためらうな、遠い先の救いなどと考えるな、です。

ところが親鸞聖人が、自分と同じように迷うなよ、と仰ったお言葉を、救われるのには大変な時間が掛かって当然なことを仰ったのだ、と訳の判らない曲解を親鸞会ではするから、誰も救われないのです。

高森会長に仏教のイロハを教えてあげてください。このままでは

親鸞会は何教なの?

と笑い物にされたまま、やがて消滅していくでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月20日 (火)

漸教と放言する親鸞会

今回の講師試験に、こんな問題が出題されていたそうです。

「30年聞いても助からなかった、50年求めても獲られなかったものが此処にきて求まった」と放言する者がいるが、これらの者と次元の異なる親鸞聖人の流転の告白とその根拠を書け。

これは、親鸞会では30年聞いても、50年求めても救われないということを言っているのですが、結局は今生では救われない、平生業成の教えではありません、と放言しているのです。これを親鸞聖人の二双四重判に当て填めれば、よく判ります。二双四重判については、
「親鸞会教義の誤り」
親鸞会は諸行往生8
親鸞会は諸行往生9

に詳しい解説があります。
『愚禿鈔』には

大乗教について、二教あり。
 一には頓教、        二には漸教なり。
頓教について、また二教・二超あり。
 二教とは、
  一には難行聖道の実教なり。いはゆる仏心・真言・法華・華厳等の教なり。
  二には易行浄土本願真実の教、『大無量寿経』等なり。
 二超とは、
  一には竪超  即身是仏・即身成仏等の証果なり。
  二には横超  選択本願・真実報土・即得往生なり。
漸教について、また二教・二出あり。
 二教とは、
  一には難行道 聖道権教、法相等、歴劫修行の教なり。
  二には易行道 浄土の要門、『無量寿仏観経』の意、定散・三福・九品の教なり。
 二出とは、
  一には竪出  聖道、歴劫修行の証なり。
  二には横出  浄土、胎宮・辺地・懈慢の往生なり。

とありますので、親鸞会は「漸教」の「横出」に当てはまるでしょう。言うまでもなく親鸞聖人の教えは「頓教」の「横超」です。

『教行信証』信巻の横超釈にも

横超断四流といふは、横超とは、横は竪超・竪出に対す、超は迂に対し回に対するの言なり。竪超とは大乗真実の教なり。竪出とは大乗権方便の教、二乗・三乗迂回の教なり。横超とはすなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。また横出あり、すなはち三輩・九品、定散の教、化土・懈慢、迂回の善なり。大願清浄の報土には品位階次をいはず。一念須臾のあひだに、すみやかに疾く無上正真道を超証す。ゆゑに横超といふなり。

と教えられています。親鸞会の好きな

横超とはすなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。

の御言葉も、意味が判っていないのです。これは他の問題の回答にもなっているのですが、恥ずかしくないのでしょうかね。
親鸞会は

また横出あり、すなはち三輩・九品、定散の教、化土・懈慢、迂回の善なり。

こちらです。「迂回の善」そのままです。親鸞会のいう一念の救いとは、平生の一念ではなく、多生の間の一念です。笑えないギャグですね。

またこれまで度々紹介していますが、『唯信鈔文意』

雑行雑修して定機・散機の人、他力の信心かけたるゆゑに、多生曠劫をへて他力の一心をえてのちに真実報土に生るべきゆゑに、すなはち生れずといふなり。もし胎生辺地に生れても五百歳をへ、あるいは億千万衆のなかに、ときにまれに一人、真の報土にはすすむとみえたり。

これが親鸞会です。

親鸞聖人の御文を挙げなくても、この問いが愚問であることは少し考えてみれば判ることです。
親鸞聖人は比叡山で御修行中、法然上人のことは当然御存知でしたが、比叡山で教えられてきたことは、この問いと同じであり、親鸞聖人もそのように固く信じられていたことでしょう。ところが比叡山を下りられて法然上人の元に行かれてからは、

比叡山で20年聞いても助からなかった、20年求めても獲られなかったものが法然上人の元で直ちに求まった

と告白しておられます。その法然上人も

比叡山で20数年聞いても助からなかった、20数年求めても獲られなかったものが善導大師の教えの元で直ちに求まった

と告白しておられます。
当時の聖道門は、法然上人、親鸞聖人の教えを聞いて信心獲得した人を

「30年聞いても助からなかった、50年求めても獲られなかったものが此処にきて求まった」と放言する者がいる

と罵っていました。

難信の法」ですから、自分が聞いている教えが正しいに決まっている、簡単に救われる教えなど信じられるか、と考えるのは当たり前です。法然上人も親鸞聖人も、阿弥陀仏の18願については比叡山時代から御存知でしたが、信じられなかったので、18願での救いを求められなかったのです。知っていても信じられないから「難信の法」なのです。

親鸞会の余りにも低レベルの試験問題に呆れ果てました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年7月19日 (月)

まことにこのたび往生をとげんとおもはんひとは、かならず一向専修の念仏を行ずべきなり

親鸞会では、30年や40年聞いたくらいで判るものではないのが親鸞聖人の教えであり、それを「難信の法」というのだと考えているようですが、とんでもない謗法罪です。
これまで数回にわたって「難信の法」について述べてきましたが、存覚上人の『持名鈔』にも、判りやすく解説されています。

おほよそ「一向専念無量寿仏」といへるは、『大経』の誠説なり。諸行をまじふべからずとみえたり。「一向専称弥陀仏名」(散善義)と判ずるは、和尚(善導)の解釈なり。念仏をつとむべしときこえたり。このゆゑに源空聖人このむねををしへ、親鸞聖人そのおもむきをすすめたまふ。 一流の宗義さらにわたくしなし。まことにこのたび往生をとげんとおもはんひとは、かならず一向専修の念仏を行ずべきなり。

 しかるにうるはしく一向専修になるひとはきはめてまれなり。「難きがなかに難し」といへるは、『経』(大経)の文なれば、まことにことわりなるべし。そのゆゑを案ずるに、いづれの行にても、もとよりつとめきたれる行をすてがたくおもひ、日ごろ功をいれつる仏・菩薩をさしおきがたくおもふなり。これすなはち、念仏を行ずれば諸善はそのなかにあることをしらず、弥陀に帰すれば諸仏の御こころにかなふといふことを信ぜずして、如来の功徳を疑ひ、念仏のちからをあやぶむがゆゑなり。

現代語訳なしでも、理解できる内容だと思います。

まことにこのたび往生をとげんとおもはんひとは、かならず一向専修の念仏を行ずべきなり。

これがすべてですが、そんな簡単に「一向専修の念仏を行ず」ることができないと考える親鸞会に対しては、

しかるにうるはしく一向専修になるひとはきはめてまれなり。「難きがなかに難し」といへるは、『経』(大経)の文なれば、まことにことわりなるべし。

なのです。その理由がその後にあります。「いづれの行にても、もとよりつとめきたれる行をすてがたくおもひ」、諸善を捨て難く思う、つまり「一向専修の念仏を行ず」るには諸善が必要と考えるからです。
そんな親鸞会を

念仏を行ずれば諸善はそのなかにあることをしらず
如来の功徳を疑ひ、念仏のちからをあやぶむがゆゑなり。

と厳しく糾弾されているのです。阿弥陀仏の18願力だけでは不十分で、念仏の力を軽んじていることで、念仏誹謗にあたるようなことを親鸞会会員は考えています。もちろん、諸悪の根源は高森会長です。

親鸞会の会員がなぜ救われないか、その答えがここにはっきり書かれてあるのです。諸善に心がかかり、念仏を疑っているからです。それを「難きがなかに難し」と経典、善知識方が仰っているのです。
だから、獲信のためには善を捨てよ、雑行を捨てよ、としか教えられていないのです。ところが親鸞会では善をせよ、雑行をせよと勧めているから、30年、40年どころか、昿劫多生を経ても他力の信は獲られません。

まことにこのたび往生をとげんとおもはんひとは、かならず一向専修の念仏を行ずべきなり。

親鸞聖人の教えは、これ以外にはありません。この他の方便も不要です。
親鸞聖人の教えを正しく理解し、「一向専修の念仏」を信じて求めている人には、「難きがなかに難し」ではありません。
『御一代記聞書』には、

凡夫の身にて後生たすかることは、ただ易きとばかり思へり。「難中之難」(大経)とあれば、堅くおこしがたき信なれども、仏智より得やすく成就したまふことなり。

とあります。獲信のために善を勧めるものは、他にどんな立派なことを説こうが悪知識です。
「このたび往生をとげんと」思う人は善知識をもとめて「ただ易き」易信となり、昿劫多生の間に往生ができればいいやと思う人はいつまでも悪知識に従って難信といい続けて満足しているのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月18日 (日)

明師にあはざるがいたすところなり

難信の法」について述べてきましたが、親鸞会はここがずれてしまっているのです。親鸞会の発想は、聖道門にかなり近いといえます。阿弥陀仏の救いは悪人正機でありますが、悪人正機の解釈も、聖道門を捻ったようなものです。

悪人正機といえば、『歎異鈔』第3章ですが、覚如上人は、『口伝鈔』に悪人正機について詳しく教えられています。

 おほよそ凡夫の報土に入ることをば、諸宗ゆるさざるところなり。しかるに、浄土真宗において善導家の御こころ、安養浄土をば報仏報土と定め、入るところの機をばさかりに凡夫と談ず。

 このこと性相の耳を驚かすことなり。さればかの性相に封ぜられて、ひとのこころおほく迷ひて、この義勢におきて疑をいだく。その疑のきざすところは、かならずしも弥陀超世の悲願を、さることあらじと疑ひたてまつるまではなけれども、わが身の分を卑下して、そのことわりをわきまへしりて、聖道門よりは凡夫報土に入るべからざる道理をうかべて、その比量をもつていまの真宗を疑ふまでの人はまれなれども、聖道の性相世に流布するを、なにとなく耳にふれならひたるゆゑか、おほくこれにふせがれて真宗別途の他力を疑ふこと、かつは無明に痴惑せられたるゆゑなり、かつは明師にあはざるがいたすところなり。そのゆゑは、「浄土宗のこころ、もと凡夫のためにして聖人のためにあらず」(遊心安楽道)と[云々]。しかれば貪欲もふかく、瞋恚もたけく、愚痴もさかりならんにつけても、今度の順次の往生は、仏語に虚妄なければいよいよ必定とおもふべし

(石田瑞磨著著『親鸞全集』による現代語訳)
 おおよそ、愚かなひとが真実の浄土にはいるということは、諸宗では許されないところである。ところが、浄土真宗では、善導大師を奉ずるひとたちのお考えとしては、安養浄土をば、かつて立てた誓いをなしとげてその報いとしてあらわれた真実の仏が報いとしてえられた真実の浄土であると定め、そこにはいることのできるひとはまさに愚かなひとなのである、と説いている。

このことは聖道門の教えを奉ずるひとの耳を驚かすことである。だから、聖道門の考えに閉じこめられて、多くのひとは心に迷いを生じ、その勢いの赴くところ、疑いを抱くようになる。その疑いがきざすところは、阿弥陀仏の、世に超えすぐれた大慈悲の誓いについて、かならずしもそんなことがあるわけがない、と疑うようになっているほどのものではないし、またわが身のほどを卑下して分相応のものしかえられないという理屈を弁え知ったうえで、聖道門によるかぎりは愚かなひとは真実の浄土にはいることはできない、という道理を思い浮べて、こうした対比によって、いまの真宗の教えを疑うようになっているほどのひともごく稀である。しかしそうではあるけれども、聖道門の教えが世に行われているのを、どういうこともなく、耳に触れて聞きなれたためか、多くのひとは、これに妨げられて、真宗独特の他力の教えを疑っている。これは一つには智慧の勝れた師に逢わないことがもたらした結果である。このように考えられるわけは、浄土の教えのこころは、本来、愚かなひとを目当てとし、行い澄ました聖人のためにあるのではない、といわれることである。こうしたわけであるから、貪りの心深く、怒りの心はげしく、心の暗い愚かさがさかんになるにつけても、このたび来世でかならず浄土に生れるということは、仏の言葉にうそいつわりはないから、いよいよ決定的である、と思わなければならない。

覚如上人が仰っていることは、まさに親鸞会のことです。聖道門の考えとは、因果の道理から、その人の行いに応じた結果しか現われないというものです。その聖道門の考えを元として真宗の教えを判断するから、18願に救われる条件として、

  • 善をしなければ信仰が進まない
  • 諸善は獲信の因縁になる

などということを平気でいうようになるのです。悪人正機を否定する考えになるのは、

明師にあはざるがいたすところなり

の一言がすべてです。阿弥陀仏の本願を理解した知識に逢っていないからです。「難信の法」の意味が判っていない高森会長の話は、聖道門と同じで因果の道理を強調して、18願の救いと諸善とを関連付けています。しかしそれは「難信の法」ではありません。「易信の法」です。

浄土宗のこころ、もと凡夫のためにして聖人のためにあらず

悪人とは、救いのために善を勧められても善に励もうという気持ちさえもなかなか起こせない人です。そんな悪人のための教えであって、善に励もうとする善人のための教えではないのです。
ならば、悪に誇ったり、善をしない方がいいと言うのか、と極端なことを親鸞会では言ってきますが、そんな理解しかできない程愚かなのです。

親鸞聖人の教えを正しく理解した人は善に対して以下のように考えます。

獲信とは無関係ではあるが、できる限り悪をやめて善に励もう

自然体です。ところが親鸞会のように、

献金、勧誘をしなければ、後生の一大事が解決できない

と心身共にすり減らした求道は、好意的にみて聖道門、普通にみればカルトの教えです。体を壊し、精神的に障害をきたし、仕事と家族を犠牲にする、そんな人のための救いを悪人正機とは絶対にいいません。
明師はたくさんおられますので、教えに昏い暗師を早く見限って下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月14日 (水)

このゆゑにわが法かくのごとくなしき、かくのごとく説く、かくのごとく教ふ。まさに信順して法のごとく修行すべし

こうへい氏も、例のブログの管理人も、1ヶ月経っても沈黙したままです。正しい親鸞聖人の教えを明らかにする、など掛け声だけ。もちろん、高森会長も教義批判に対してさえも、逃げの一手です。組織は存続しても、親鸞会の中身は完全に空になりました。

さて前回、『阿弥陀経』にある「難信の法」について述べましたが、もう少し詳しく書いてみます。

『教行信証』化土巻には、

彰といふは、真実難信の法を彰す。これすなはち不可思議の願海を光闡して、無碍の大信心海に帰せしめんと欲す。まことに勧めすでに恒沙の勧めなれば、信もまた恒沙の信なり。ゆゑに甚難といへるなり。

(現代語訳)
その彰とは、自力の心では信じることができない他力真実の法を彰すものである。これは不可思議の本願を明らかに説き示して、何ものにもさまたげられることのない他力信心の大海に入らせようという思召しである。まことにこのお勧めは、あらゆる世界の数限りない仏がたのお勧めであるから、信心もまた数限りない仏がたにたたえられる信心である。だから自力の心では、この信心を得ることなどとうていできないというのである。

とあります。『観無量寿経』の隠顕と同様に、『阿弥陀経』にも隠顕があります。隠顕については、
『観無量寿経』の隠顕

で書きましたので、そちらも参照下さい。

『阿弥陀経』の顕説は、自力念仏です。他力念仏と自力念仏との違いを、隠顕で上記のように教えられているのです。自分の称えた念仏で、往生しようとするのは、「難信」ではありません。本願力回向の信心、他力念仏によって往生させて頂ける、これは「難信」です。世間の常識を超えた信じがたい尊い教えです。そうであるから、信じがたい尊い教えを、仏がたがお説き下され、他力信心を勧められていると親鸞聖人は仰っています。

また真門釈では、

『大本』(大経・下)にのたまはく、「如来の興世、値ひがたく見たてまつりがたし。諸仏の経道、得がたく聞きがたし。菩薩の勝法、諸波羅蜜、聞くことを得ることまた難し。善知識に遇ひ、法を聞きよく行ずること、これまた難しとす。もしこの経を聞きて信楽受持すること、難のなかの難、これに過ぎて難きはなけん。このゆゑにわが法かくのごとくなしき、かくのごとく説く、かくのごとく教ふ。まさに信順して法のごとく修行すべし」と。

(現代語訳)
『無量寿経』に説かれている。
「如来がお出ましになった世に生れることは難しく、その如来に出会うことも難しい。また、仏がたの教えを聞くこともむつかしい。菩薩のすぐれた教えや六波羅蜜の行について聞くことも難しく、善知識に出会って教えを聞き、修行することもまた難しい。まして、この阿弥陀仏の教えを聞き、信じてたもち続けることはもっとも難しいことであって、これより難しいことは他にない。そうであるから、わたしはこのように仏となり、さとりへの道を示し、阿弥陀仏の教えを説くのである。そなたたちは、ただこれを信じて、教えのままに修行するがよい」

と『大無量寿経』を引いておられます。『阿弥陀経』の「難信」に続いて、『大無量寿経』の「難信」を挙げられています。仏に値うことの難、諸仏・菩薩の自力の教え聞いて行ずることの難、そして、阿弥陀仏の18願を聞信することの難を説かれています。ここで終わるのが親鸞会ですが、この後があるのです。

このゆゑにわが法かくのごとくなしき、かくのごとく説く、かくのごとく教ふ。まさに信順して法のごとく修行すべし

だから釈尊は、18願を『大無量寿経』に説かれて、はからいを入れずに、自力を捨てて信順しなさいと勧めておられるのです。
世間の常識を超えた信じがたい尊い教え聞いて、しかも信じている人は、釈尊、七高僧、親鸞聖人の教えに従って、他力信心を平生に必ず頂けるのです。
これを蓮如上人が宿善と絡めて教えられたのが『御文章』3帖目第12通です。

それ、当流の他力信心のひととほりをすすめんとおもはんには、まづ宿善・無宿善の機を沙汰すべし。さればいかに昔より当門徒にその名をかけたるひとなりとも、無宿善の機は信心をとりがたし。まことに宿善開発の機はおのづから信を決定すべし。されば無宿善の機のまへにおいては、正雑二行の沙汰をするときは、かへりて誹謗のもとゐとなるべきなり。この宿善・無宿善の道理を分別せずして、手びろに世間のひとをもはばからず勧化をいたすこと、もつてのほかの当流の掟にあひそむけり。
されば『大経』(下)にのたまはく、「若人無善本不得聞此経」ともいひ、「若聞此経 信楽受持 難中之難 無過斯難」ともいへり。また善導は「過去已曾 修習此法 今得重聞 則生歓喜」(定善義)とも釈せり。いづれの経釈によるとも、すでに宿善にかぎれりとみえたり。しかれば宿善の機をまもりて、当流の法をばあたふべしときこえたり。

過去世において、信じがたい念仏の教えを聞いて、他力念仏往生を願う人は、「宿善の機」です。善をして救われるという教えは簡単に信じられますが、善が不要の救いが信じられる人は、十方衆生の中でも極僅かですから、「難中の難」ですが、善が不要の信じがたい救いを信じて求めている「宿善開発の機はおのづから信を決定すべし」なのです。

一方で、退会者を

善をしたくないから、楽なところに行ったのだろう

などと罵る高森会長は、親鸞聖人の教えを何1つ知らないことを公言しているようなものです。高森会長は、『御文章』をまともに読めない文盲かと疑いたくなります。庄松同行の方が余程賢いでしょう。
善の不要な救いを信じていると言いながら、善をしなければ信仰は進まない、などという高森会長のみを信じて、釈尊、七高僧、親鸞聖人、蓮如上人の仰せを無視する会員さんは、「無善本」の人、つまり本当に宿善の無い、無宿善の機なのでしょうか。もし宿善の機であるなら、悪知識を捨てる筈です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年7月12日 (月)

一切世間のために、この難信の法を説く。これを甚難とす

信心決定しているのは、高森会長とごくごく一部の人だけと親鸞会会員は考えています。他力の信心を神秘的なものにしてしまい、簡単に信心を頂ける筈がないとはからっています。極難信の法と言われるのだから、30年、40年聞いたくらいで、救われることなど極めて稀であるとしか思えないのです。

難信の法の根拠は、『阿弥陀経』にあります。

舎利弗、われいま諸仏の不可思議の功徳を称讃するがごとく、かの諸仏等もまた、わが不可思議の功徳を称説して、この言をなさく、<釈迦牟尼仏、よく甚難希有の事をなして、よく娑婆国土の五濁悪世、劫濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁のなかにおいて、阿耨多羅三藐三菩提を得て、もろもろの衆生のために、この一切世間難信の法を説きたまふ>と。舎利弗、まさに知るべし、われ五濁悪世においてこの難事を行じて、阿耨多羅三藐三菩提を得て、一切世間のために、この難信の法を説く。これを甚難とす」と。

このお言葉を『教行信証』信巻で元照律師の『阿弥陀経義疏』を引いて親鸞聖人は解説なされています。

元照律師のいはく(阿弥陀経義疏)、「他のなすことあたはざるがゆゑに甚難なり。世挙つていまだ見たてまつらざるがゆゑに希有なり」と。
またいはく(同)、「念仏法門は、愚智豪賤を簡ばず、久近善悪を論ぜず、ただ決誓猛信を取れば臨終悪相なれども、十念に往生す。これすなはち具縛の凡愚、屠沽の下類、刹那に超越する成仏の法なり。世間甚難信といふべきなり」と。

(現代語訳)
元照律師が『阿弥陀経義疏』にいっている。
「『阿弥陀経』には、釈尊がこの五濁の世に出られて仏となり、阿弥陀仏の教えを説かれたことを<甚難希有>と示されているが、他の仏がたのできないことであるから甚難であり、この世で今までになかったことであるから希有である」
また次のようにいっている。
「念仏の教えは、愚者と智者、富めるものと貧しいもののへだてなく、修行期間の長短や行の善し悪しを論じることなく、ただ決定の信心さえ得れば、臨終に悪相をあらわしても、たとえば十声念仏して往生をとげる。これこそは、煩悩に縛られた愚かな凡夫でも、また、生きものを殺し、酒を売って生活し、賤しいとされるものであっても、たちどころにすべてを跳び超えて仏になる教えである。まことに世間の常識を超えた信じがたい尊い教えというべきである」

更には、元照律師の弟子の顕した『聞持記』を引かれて

『聞持記』にいはく、「〈愚智を簡ばず〉といふは、[性に利鈍あり。]〈豪賤を択ばず〉といふは、[報に強弱あり。]〈久近を論ぜず〉といふは、[功に浅深あり。]〈善悪を選ばず〉といふは、[行に好醜あり。]〈決誓猛信を取れば臨終悪相なれども〉といふは、[すなはち『観経』下品中生に地獄の衆火、一時にともに至ると等いへり。]〈具縛の凡愚〉といふは、[二惑まつたくあるがゆゑに。]〈屠沽の下類、刹那に超越する成仏の法なり。一切世間甚難信といふべきなり〉といふは、[屠はいはく、殺を宰る。沽はすなはちコ売。かくのごとき悪人、ただ十念によりてすなはち超往を得、あに難信にあらずや。]

(現代語訳)
『聞持記』にいっている。
「『阿弥陀経義疏』の文に、<愚者と智者のへだてなく>とあるのは、人々の性質に賢愚の違いがあることをいう。<富めるものと貧しいもののへだてなく>とあるのは、人々の生活に貧富の違いがあることをいう。<修行期間の長短を論じることなく>とあるのは、修行の功に浅深の違いがあることをいう。<行いの善し悪しを論じることなく>とあるのは、行いに善悪の違いがあることをいう。<決定の信心を得れば、臨終に悪相をあらわしても>とあるのは、『観無量寿教』の下品下生の文に<地獄の猛火が一斉に押し寄せてくる>などと説かれているありさまをいう。<煩悩に縛られた愚かな凡夫>とあるのは、見惑と思惑の煩悩をすべて持っているものをいう。<生きものを殺し、酒を売って生活し、賤しいとされるものであっても、たちどころにすべてを飛び超えて仏になる教えである。まことに世間の常識を超えた信じがたい尊い教えというべきである>とあるのは、生きものを殺すもの、酒を売るものなど、このような悪人でも、たとえば十声念仏して、たちまち飛び超えて浄土に往生することができるのであって、まことに信じがたいすぐれた教えではないか、という意味である。

と「甚難信」の法とは、「世間の常識を超えた信じがたい尊い教え」ということです。賢愚、貧富、善悪関係なく、如何なる悪人でも「刹那に超越する成仏の法」ですから、因果の道理から考えても、とても信じることのできない教えです。それはそのまま教えの尊さを表現されたものなのです。

ですから、先の『阿弥陀経』の現代語訳は

舎利弗よ、わたしが今、仏がたの不可思議な功徳をほめたたえているように、その仏がたもまた、わたしの不可思議な功徳をほめたたえてこのように仰せになっている。
<釈迦牟尼仏は、世にもまれな難しく尊い行いを成しとげられた。娑婆世界はさまざまな濁りに満ちていて、汚れきった時代の中、思想は乱れ、煩悩は激しくさかんであり、人々は悪事を犯すばかりで、その寿命はしだいに短くなる。そのような中にありながら、この上ないさとりを開いて、人々のためにすべての世に超えすぐれた信じがたいほどの尊い教えをお説きになったことである> 
舎利弗よ、よく知るがよい。わたしは濁りと悪に満ちた世界で難しい行を成しとげ、この上ないさとりを開いて仏となり、すべての世界のもののためにこの信じがたいほどの尊い教えを説いたのである。このことこそ、まことに難しいことなのである」

と浄土真宗教学研究所ではしています。

善をしなくても救われるなどという、親鸞会の常識を超えた信じがたい尊い教えが、浄土真宗であり18願なのです。ねじ曲がった解釈しか示せない高森会長のデタラメを信じ切って、18願をとても受け入れられない、信じられない親鸞会の会員のはからいが、他力信心から遠ざけて、獲信を極めて難しいもの、甚だ難しいものにしてしまっているのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月10日 (土)

かやうのひとは仏法信ずるこころのなきより、このこころはおこるなり

阿弥陀仏に救われるとは、捨自帰他です。捨自とは自力無功であり、帰他とは他力全託ということです。二種深信でも同じことです。このことについては、

「21世紀の浄土真宗を考える会」
歎異抄第1章を読む 二種深信について

で解説されています。

さて、信前と信後で、表面上は何も変わりませんし、煩悩も変わりません。
『一念多念証文』

「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと、水火二河のたとへにあらはれたり。

とある通りです。しかし、善悪に対する心が変わると親鸞聖人は仰っています。『御消息』には

仏の御名をもきき念仏を申して、ひさしくなりておはしまさんひとびとは、後世のあしきことをいとふしるし、この身のあしきことをばいとひすてんとおぼしめすしるしも候ふべしとこそおぼえ候へ。
(中略)
ふかくちかひをも信じ、阿弥陀仏をも好みまうしなんどするひとは、もとこそ、こころのままにてあしきことをもおもひ、あしきことをもふるまひなんどせしかども、いまはさやうのこころをすてんとおぼしめしあはせたまはばこそ、世をいとふしるしにても候はめ。また往生の信心は、釈迦・弥陀の御すすめによりておこるとこそみえて候へば、さりともまことのこころおこらせたまひなんには、いかがむかしの御こころのままにては候ふべき。

とありますように、信前は悪を平気で犯していても、信後は悪を慎むようになると仰っています。

更に煩悩は信後も無くならないとはいいながらも、謗法罪、五逆罪を平気で犯し続けることは、信心がおかしいとまで親鸞聖人はこの後に仰っています。

この御中のひとびとも、少々はあしきさまなることのきこえ候ふめり。師をそしり、善知識をかろしめ、同行をもあなづりなんどしあはせたまふよしきき候ふこそ、あさましく候へ。すでに謗法のひとなり、五逆のひとなり。なれむつぶべからず。
『浄土論』と申すふみには、「かやうのひとは仏法信ずるこころのなきより、このこころはおこるなり」と候ふめり。また至誠心のなかには、「かやうに悪をこのまんにはつつしんでとほざかれ、ちかづくべからず」(散善義)とこそ説かれて候へ。善知識・同行にはしたしみちかづけとこそ説きおかれて候へ。
(中略)
往生の金剛心のおこることは、仏の御はからひよりおこりて候へば、金剛心をとりて候はんひとは、よも師をそしり善知識をあなづりなんどすることは候はじとこそおぼえ候へ。

親鸞会では、信後も謗法罪を造る根拠として教えていますが、これは、獲信した人は、自分を獲信まで導いた師を謗ったり、兄弟子を軽蔑することは、決してないと思うと仰った御言葉です。

さて、師匠である伊藤康善師を謗り、兄弟子である増井悟朗師を軽蔑している高森会長の信心は如何なものでしょうか。親鸞聖人の教えを平気でねじ曲げ、多くの同行を除名・退会にして、罵り続ける高森会長は、「すでに謗法のひとなり、五逆のひとなり」ですが、悪を慎むどころか、悪に誇っています。果たして信後の人といえるのでしょうか。もちろんここで言われている、「すでに謗法のひとなり、五逆のひとなり」は高森会長のような特定の人物のことを指しているのであって、全人類のことでないことは、少しでも古文の読める人ならば判るでしょう。

信心について断定はできなくとも、高森会長は、「仏法信ずるこころのなきより、このこころはおこるなり」であり、「なれむつぶべからず」「つつしんでとほざかれ、ちかづくべからず」の人物であることは、断言できます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 8日 (木)

浄土へまゐるべしとも、また地獄へゆくべしとも、定むべからず

親鸞会の会員は、信心決定したならば、阿弥陀仏から智恵を賜って相当のことが判ると考えています。信心決定を神秘的なものとして聞かされていますので、そのようにしか考えられないでしょうが、凡夫の浅智は信前信後変わりません。

『歎異抄』第2章にある親鸞聖人のお言葉として

親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、よきひと(法然)の仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもつて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ。そのゆゑは、自余の行もはげみて仏に成るべかりける身が、念仏を申して地獄にもおちて候はばこそ、すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ。いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。
弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言したまふべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申すむね、またもつてむなしかるべからず候ふか。詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。

と記されています。関東の同行に対して、親鸞聖人は念仏の功徳について御存知であるにも関わらず、「総じてもつて存知せざるなり」と突き放されたお言葉と高森会長は教えていますが、これを覚如上人は『執持鈔』で言い換えられています。

「是非しらず邪正もわかぬ この身にて 小慈小悲もなけれども 名利に人師をこのむなり」。往生浄土のためにはただ信心をさきとす、そのほかをばかへりみざるなり。往生ほどの一大事、凡夫のはからふべきことにあらず、ひとすぢに如来にまかせたてまつるべし。すべて凡夫にかぎらず、補処の弥勒菩薩をはじめとして仏智の不思議をはからふべきにあらず、まして凡夫の浅智をや。かへすがへす如来の御ちかひにまかせたてまつるべきなり。これを他力に帰したる信心発得の行者といふなり。

さればわれとして浄土へまゐるべしとも、また地獄へゆくべしとも、定むべからず。故聖人(源空)の仰せに、「源空があらんところへゆかんとおもはるべし」と、たしかにうけたまはりしうへは、たとひ地獄なりとも故聖人のわたらせたまふところへまゐるべしとおもふなり。このたびもし善知識にあひたてまつらずは、われら凡夫かならず地獄におつべし。しかるにいま聖人の御化導にあづかりて、弥陀の本願をきき摂取不捨のことわりをむねにをさめ、生死のはなれがたきをはなれ、浄土の生れがたきを一定と期すること、さらにわたくしのちからにあらず。たとひ弥陀の仏智に帰して念仏するが地獄の業たるを、いつはりて往生浄土の業因ぞと聖人授けたまふにすかされまゐらせて、われ地獄におつといふとも、さらにくやしむおもひあるべからず。

そのゆゑは、明師にあひたてまつらでやみなましかば、決定悪道へゆくべかりつる身なるがゆゑにとなり。しかるに善知識にすかされたてまつりて悪道へゆかば、ひとりゆくべからず、師とともにおつべし。さればただ地獄なりといふとも、故聖人のわたらせたまふところへまゐらんとおもひかためたれば、善悪の生所、わたくしの定むるところにあらずといふなりと。これ自力をすてて他力に帰するすがたなり。

ここでは、『歎異抄』第2章の状況とは違う形でのお言葉となっています。
阿弥陀仏に救われたならば、死後のことが判るのかということについて、

  • 往生ほどの一大事、凡夫のはからふべきことにあらず
  • われとして浄土へまゐるべしとも、また地獄へゆくべしとも、定むべからず
  • 故聖人の仰せに、「源空があらんところへゆかんとおもはるべし」
  • 故聖人のわたらせたまふところへまゐらんとおもひかためたれば、善悪の生所、わたくしの定むるところにあらずといふなり

等々、死後のことをはからうべきではない、つまり凡夫にははっきり判らないということです。

かへすがへす如来の御ちかひにまかせたてまつるべきなり。これを他力に帰したる信心発得の行者といふなり。

自力を捨てて他力に帰すとは、すべて阿弥陀仏におまかせであり、阿弥陀仏の御心を正しく伝えて下された師と同じところへ往く、いうことです。極楽往き間違いなしと、はっきりするのではなく、阿弥陀仏にすべておまかせしたことがはっきりするのです。だから、阿弥陀仏の本願、そして本願を説かれた師の教えられている通り、極楽往き間違いなし、となるです。

阿弥陀仏、地獄、極楽、死んだらどこへ往くのかが、判るということではありません。
これは、こうへい氏が自分への質問を逸らすために質問し続けていた「捨自帰他」の答えでもあります。

善知識方がお聖教の中で、明らかに知らされた、と仰ることのは上記のことなのです。
以前に
金剛心と暁

でも書きましたように、信心決定しても判ることは僅かです。

死後のことがはっきり判らない「凡夫の浅智」である信後の人を異安心と蔑む会員さんは、高森会長の説明する神秘体験、神秘信心にのみ根拠をもつ一念覚知の邪義です。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年7月 7日 (水)

「千歳の闇室のたとえ」は「一念」ではない

高森会長は、一念の体験は、火の中に手をつっこんだよりも明らかな体験と言い続けてきましたが、60年前はそのようなことは言っていませんでした。

『獲信の記録』(高森顕徹編)

手に持っていた『華光誌』を苦し紛れに放りつけた。トタンにこの苦しみは、スーッとはがれた様に引いて行った。ボーッとなって暫くは考える力もない。正気の沙汰ではない。
夢か、うつつかの判断もつきかねていると、高森さん一家が帰って来られた。
挨拶も忘れて、今あった不思議な出来事を、ありのまま顕徹君に語った。一同は我が事の様に喜んでくださる。だが私自身は、何が何だかさっぱり分からぬ。本当だろうか。
これが獲信したというものであろうか?
まだまだ疑いの晴れぬまま、種々ご馳走に預かる。こんな、うまく食事したことが近頃にあったろうか。
やがて、顕徹君の話に薄紙を、はぐ如く、光明は輝きを増し、歓喜は胸に張り裂けるのであった。
「如来を求めて、いくら追っかけても、人間は到底追いつけるものではない。
また自分でとらえられる位なら、他力信心なんか必要もない。
弥陀は十万億土の彼方におられるものだと思っていられたか知らぬが、何のことは無い、アンタの腹の中にいて、しかもこの宇宙を包んでいる絶対者なんだ。
その懐に入っていながら、それを追っかけ、とらえようなんて、問題ではない。
追いつけないことが分かって初めて振り返ってみると、何のことは無い。
総てが包まれていたことに気がつくのだ。この様に包まれていながら、何を悩みますかね?」
不思議だ!そう聞けば悩もうにも悩む種が無いではないか。そして顕徹君の語るどの話も皆、素直に肯定出来るからおかしい。弥陀が智慧や才覚で分からんでもよいのだ。このままでよいんだなあ。
ああ、このままだった、このままだった。

これが華光会と決別し、親鸞会を作った直後の『顕正』では

一念とは疑晴れて大満足の境地に開発したひとおもいをいい、盲者の開眼の一刹那、地獄一定が極楽一定と転じた時、煩悩具足が至徳具足と転じた一刹那、明来闇去、闇去明来の一念、いままで閉塞していた心中が開発して信楽と晴れ亘った一念、言説や思惟の及ぶところでない驚天動地の一刹那をいうのである。しかし、思慮分別を越えるといっても疑蓋無雑の信楽の開発する初起の信であるから、無念無想である筈は毛頭ないから、やはり明らかな自覚である。若し無念無想なら開発とはいわれない。その自覚の初刹那を一念と説かれたのだ。
 聖人はこれを、「極速円融之真詮」とも仰有って長い間かかって少しずつ諦得する御慈悲なら極速とはいわれないが、聞即信の一念のはやわざだから極速といい、その一念で仏智満入、仏智全領して微塵の不足もなく大満足させられるから円融の真詮といわれたのである。
 これを曇鸞大師は『論註』に
 譬えば千歳の闇室に、光若し暫く至れば、即便ち明朗なるが如し。闇豈室にあること千歳にして去らずと言うことを得ん耶
と説き、一念で救われることを喩誡せられている。

 その次の一刹那に沸き上る慶びを広大難思の慶心と仰有ったので、無量永劫の流転の絆をたち切られて地獄一定が極楽一定と転じ変り、功徳の大宝海をただ貰いさせられて不可称不可説不可思議の功徳が身にみちみちて下された時の喜びは、至心信楽己れを忘るるというも愚かなり。真に手の舞い足の踏むところのない大歓喜が起きるのだ。

と大きく変っています。その後の高森会長の著書や親鸞会の出版物には、これと同様のことが書かれています。
なぜ、高森会長は主張を変えたのか。
新興宗教は、法華系が大半です。創価学会をはじめとして、勢力を拡大していく団体も多くありました。高森会長はそれを見ていて、親鸞聖人の教え通りに布教していては、勢力拡大は見込めないと考えたのかも知れません。新興宗教的な神秘体験を説くことで、信者獲得を目指したのでしょう。アニメの善鸞と高森会長が重なって見えます。

ここで使われている『浄土論註』の千歳の闇室のたとえは、高森会長の言っている意味ではありません。
『浄土論註』を読んだことがある訳ない
でも既に書きましたが、五逆罪と『観無量寿経』に説かれた十念との重さを比べられたものです。五逆罪を千歳の闇室、『観無量寿経』に説かれた十念を光にたとえられています。親鸞聖人は『教行信証』信巻で阿闍世の物語の後に、五逆罪を犯した者でも救われることを説明されるために『浄土論註』を引文されているのです。
千歳の闇室のたとえの次に、『浄土論註』では、

問うていはく、いくばくの時をか名づけて一念とするやと。

答へていはく、百一の生滅を一刹那と名づく。六十の刹那を名づけて一念とす。このなかに念といふは、この時節を取らざるなり。ただ阿弥陀仏を憶念して、もしは総相もしは別相、所観の縁に随ひて心に他想なくして十念相続するを名づけて十念とすといふなり。ただ名号を称することもまたまたかくのごとしと。

(現代語訳)
問うていう。一念とはどのくらいの時間をいうのか。

答えていう。百一の消滅を一刹那といい、六十刹那を一念というのであるが、いまここでいう念は、このような時間の長さをいうのではない。ただ、阿弥陀仏を心に念じて、その全体のすがたでも、またそれぞれの部分のすがたでも、その観ずるところにしたがって、心に他の想いをまじえず、十回念じ続けるのを十念というのである。ただ名号を称えることについても、また同じである。

と、一念が時間の極まりであることを説明された上で、ここでは時間の長さという意味ではないと敢て否定されているのです。曇鸞大師、親鸞聖人が敢て否定されたものを、千歳の闇室と結びつけて説明しているのです。

高森会長は、『浄土論註』も『教行信証』も読んだことがない上に、新興宗教的な神秘体験と他力信心とを結びつけたいがために、こんな基本的な誤りを自信満々に語れるのでしょう。
これでは誰も救われないのは当然です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 5日 (月)

自力による一念の信心

親鸞会では、議論で負けそうになると、一念の信心について必ず言及してきます。一念の信心は、親鸞会だけ、もっと正確にいえば高森会長だけの専有物であるかのように振る舞うことで、相手を見下し、議論の負けを誤魔化そうとするものです。
しかし、この一念の信心についての親鸞会、高森会長の説明は、法華系仏教と同じです。

『法華経』分別功徳品に

其れ衆生有って、佛の壽命の、長遠是の如くなるを聞いて、乃至能く一念の信解を生ぜば、所得の功徳限量有ること無けん。

とあり、これを天台大師は『法華文句』に、

疑無きを信と曰ひ、明了なるを解と曰ふ、是れを一念信解の心と為すなり

と解釈しています。これを承けて創価学会で珍重される『御義口伝』には

一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり

一念信解の信の一字は一切智慧を受得する処の因種なり。信の一字は名字即の位なり。仍って信の一字は最後品の無明を切る利剣なり

信の処に解あり、解の処に信あり。然りと雖も信を以て成仏を決定するなり。今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者是なり

とあります。
細かい解説は、関連のサイトなどを読まれればよいと思いますが、この一念の信は自力です。自分の心で起こすところの信心ですから、信心を起こした神秘的な一念の自覚があります。

一方、親鸞聖人が仰る一念の信心は、本願力回向の信心です。
『教行信証』信巻には

「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。「信心」といふは、すなはち本願力回向の信心なり。

とあります。『一念多念証文』ではここを

「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をききて疑ふこころなきを「聞」といふなり。またきくといふ は、信心をあらはす御のりなり。「信心歓喜乃至一念」といふは、「信心」は、如来の御ちかひをききて疑ふこころのなきなり。

と仰っていまして、親鸞聖人は、疑いのないことが信心と教えられています。一時的な感情の高ぶりとは、全く異なる信心ですから、神秘的な体験をした一念の自覚があるかどうかというレベルの話ではありません。

高森会長の”一念の信心”の体験はネット上で公開されています。
「親鸞会辞書」の獲信の項目から、一部引用します。

そこで私は、もとより寺院に生まれたのであるから仏法を信仰しようと考え、無理やりに仏を拝み、そして念仏を称えた。ところが少しも有難くないどころか、それをあざけり笑っている或る者を私は心中に感じ、馬鹿馬鹿しくなりました。いまだに如来が信じられなかったのです。即ち如来の存在を疑っていたのであります。
なんとかこの疑を晴らして安心決定したい一念は、あらゆる方向から工夫をこらしてみたが、やはり駄目だ、永久性がない。まず今日から口の仕事に南無阿弥陀仏を忘れる暇なく称えてみようとも思い、実際やってみると、嬉しいこと、悲しい時、困った折には忘れてしまう。しかしそのまま止めてみるが自分の気がすまない。されば今度は仏法の伝道によって私自身信じたいものだと考えた。
学校の伝道部に入り、一意誠らしく話してみたが、真の安心はできない。或る人は信心を戴かない伝道は奇弁だと非難する。それについても私は非常に恥ずかしかった。穴があれば入りたい気もしたが、どうにも私を迷わせただけでありました。
名誉獲得に常に走る我が心を哀れと思いながら、なおそれを覆い隠そうとする迷雲は、なかなか私を仏道に近づけなかった。そこでまた私は、聞くということが我が真宗では大切であると言われるから、大いに聞こうと毎晩毎晩総会所にお参りさせていただきました。ところがいかに説教を聞いても「うまく言うない」「フフン」とあざける内心に何だかいやになり、或る晩もあまりに自分の立場に苦しみ、ひとつ徹底的に私の理解を促したいと、布教使さんのもとに行き、自分の疑っていたことを問いただしてみたが、これも明解を得ず、満足せずに悲しく淋しい闇夜を帰ったこともありました。
何とかして私達に、地獄の存在、極楽の有無を確実に指してくれる人はないか。
求めつつ、ややもすればこの解答をなし得ざるを自身の偉きが如く考え、人をも迷わし、自分も迷いながら、実に毎日仮夢をやっていたのであります。はからずも夏休み数日前に、増井君をはじめ数名の求道者諸兄の御指導を受け、半信半疑、なお私の心は悶えました。親切にも休暇中『仏敵』の書をお借りして読ませていただき、また家にあった書物により、さらにまた華光をも送っていただき、次第にその迷雲も晴れ、今日までの悪疑を恥づるに余念がありません。ただただ「そのままこい」「そのままでよい」とは何と有難いことでしょうか。

現在高森会長が殊更に強調している”一念の信心”とは違います。高森会長自身も体験していない親鸞会の”一念の信心”は、創価学会等でいう自力の信心を参考にしただけでしょう。

また大沼法竜師は本願寺の無帰命安心を非難するために、信前信後の一念の体験を繰り返し言い続けて、結果的に当時の本願寺が黙ってしまったことがあります。

こうなった、ああなった、という高森会長の言葉を聞いて、それが正しいかどうかなど、親鸞会会員以外の人には興味のない話ですから、それを強調して議論すれば相手は黙るでしょう。相手が黙ったならば会内部では、そんな体験をしているのは高森会長だけだということがはっきりした、と宣伝されます。そして親鸞聖人の仰る一念の信心を誰も獲られない神秘的な体験にすり替えて、そんな希有の体験をした高森会長を、益々、無二の善知識と崇め奉らせる。

親鸞会教義は、創価学会からのパクリが多いのですが、信心までもパクッて、真宗とは全く異なった宗教団体となっているのです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年7月 3日 (土)

すべからく勢利を抛ちてただちに出離を悕ふべし

私の周りでは会員歴20年以上の人が、時間を掛けて少しずつ辞めていき、去年、今年だけで、結構な人数になります。一方で、未だに親鸞会にしがみついているベテラン会員も相当数います。
親鸞会を辞める人としがみついている人との違いについて考えてみると、救われたいという思いの差です。
親鸞会に残っている人は、後生の一大事の解決のため、と口では言いながら、後生の一大事を解決しようという気は殆どありません。

  • 親鸞会にいれば、死んでも悪いところへは行かんだろう
  • 正しい教えを聞いている私は、世間の人よりも幸せ
  • 昿劫多生の目的だから、遠生の結縁になればいい

この程度の考えです。
これは聖道門の人の考え方に近いでしょう。
親鸞聖人が比叡山で20年間御修行をなされましたが、当時の比叡山では親鸞会の会員のような考え方の人が大半であったと思います。そんな人達の中で親鸞聖人は、比叡山を下りられました。親鸞聖人は

一切善のできない、地獄一定の者

と知らされて比叡山を下りられたのではありません。

天台宗の教えでは助からない、自分が救われる教えが他にあるのではないか

と思われたから20年間おられた比叡山を捨てられたのです。
親鸞会を辞めた会員もそうです。

親鸞会の教えでは助からない、自分が救われる教えが他にあるのではないか

と真剣に考えたのです。親鸞会に残っている会員は、辞めた会員よりも不真面目です。親鸞聖人の正しい教えが他にあると聞いても、それを確かめようともしないのは、教えの正しさなどどうでもよいのです。つまりは、親鸞会にこのままいて助かるかどうかなど一々考える気も起こらないのです。

最近の親鸞会では、親鸞聖人の比叡山での御修行のことばかり強調されていますが、大事なのは、親鸞聖人が比叡山を下りられて、法然上人の元に行かれるまでのお気持ちです。

『嘆徳文』には

ここにつらつら出要を窺ひて、この思惟をなさく、「定水を凝らすといへども識浪しきりに動き、心月を観ずといへども妄雲なほ覆ふ。しかるに一息追がざれば千載に長く往く、なんぞ浮生の交衆を貪りて、いたづらに仮名の修学に疲れん。すべからく勢利を抛ちてただちに出離を悕ふべし」と。しかれども機教相応、凡慮明らめがたく、すなはち近くは根本中堂の本尊に対し、遠くは枝末諸方の霊崛に詣でて、解脱の径路を祈り、真実の知識を求む。

と親鸞聖人のお気持ちを表現されていますが、「なんぞ浮生の交衆を貪りて、いたづらに仮名の修学に疲れん」とは親鸞会内のことです。このように思える人は親鸞会を辞め、思えない人は親鸞会という悲惨なサークル活動で満足しているのでしょう。長年親鸞会にいながら、未だに「すべからく勢利を抛ちてただちに出離を悕ふ」ことのない人は、無宿善なのかもしれません。

簡単に救われないからといって、焦って変なものを掴むことのないように

と、親鸞会を辞めないように会員を騙すことしかできないのが親鸞会の現状です。
『教行信証』信巻に

法の難を説くなかに、まことにこの法をもつて凡を転じて聖となすこと、なほし掌を反すがごとくなるをや。大きにこれ易かるべきがゆゑに、おほよそ浅き衆生は多く疑惑を生ぜん。すなはち『大本』に〈易往而無人〉といへり。ゆゑに知んぬ、難信なり。

と教えられていますように、阿弥陀仏の救いは極めて簡単なのです。簡単過ぎるから思慮の浅い親鸞会会員は疑うのです。だから「易往而無人」なのです。「難信」と「難行」とを混乱してはいけません。

早く小杉の山を下りて、「真実の知識を求む」となって欲しいものです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2010年7月 2日 (金)

高森会長から話を聞くことは、今生も後生も、百害あって一利なし

親鸞会の会員は、”500年に一度の善知識”である高森会長から離れたら救われない、と信じているようですが、それは何か根拠があるのでしょうか?
単に、上司、先輩からそのように聞かされ続けてきた結果、それが真理のように錯覚しているだけです。

蓮如上人は『御文章』2帖目第11通に、

善知識の能といふは、一心一向に弥陀に帰命したてまつるべしと、ひとをすすむべきばかりなり。

と教えられています。高森会長は、蓮如上人の仰る善知識とは全く違います。
2帖目第9通には

そもそも、阿弥陀如来をたのみたてまつるについて、自余の万善万行をば、すでに雑行となづけてきらえるそのこころはいかんぞなれば、それ、弥陀仏のちかいましますようは、一心一向にわれをたのまん衆生をば、いかなるつみふかき機なりとも、すくいたまわんといえる大願なり。しかれば、一心一向というは、阿弥陀仏において二仏をならべざるこころなり。

とありますように、獲信のために「自余の万善万行」を勧めたら、それは「一心一向」を否定することなのです。
法然上人は『選択本願念仏集』の中で、「一向」についてたとえを出されて判りやすく解説なされています。

しかるに本願のなかにさらに余行なし。三輩ともに上の本願によるがゆゑに、「一向専念無量寿仏」といふ。
「一向」は二向・三向等に対する言なり。例するにかの五竺(印度)に三寺あるがごとし。一は一向大乗寺、この寺のなかには小乗を学することなし。二は一向小乗寺、この寺のなかには大乗を学することなし。三は大小兼行寺、この寺のなかには大小兼ね学す。ゆゑに兼行寺といふ。まさに知るべし、大小の両寺には一向の言あり。兼行の寺には一向の言なし。いまこの『経』のなかの一向もまたしかなり。もし念仏のほかにまた余行を加へば、すなはち一向にあらず。もし寺に准ぜば兼行といふべし。
すでに一向といふ、余を兼ねざること明らけし。すでに先に余行を説くといへども、後に「一向専念」といふ。あきらかに知りぬ、諸行を廃してただ念仏を用ゐるがゆゑに一向といふ。もししからずは一向の言もつとももつて消しがたきか。

もし念仏のほかにまた余行を加へば、すなはち一向にあらず」「諸行を廃してただ念仏を用ゐるがゆゑに一向といふ。もししからずは一向の言もつとももつて消しがたきか」とまではっきり仰っています。

高森会長の話を聞けば聞くほど、阿弥陀仏から遠ざかります。救われる教えを、救われない教えにしている元凶が高森会長なのです。なぜ会員は、「長年一生懸命求めているのに救われないのか」、答えは簡単です、「高森会長の間違った話を聞いているからです」。
お金と時間と体力を費やして、わざわざ獲信できないことを長年しているのです。
二河白道のたとえでいえば、「西へ行け」、とだけ勧めるのが善知識ですが、高森会長は「西へ行くために、まず東に全速力で走れ」と言っているのです。

一心一向に弥陀に帰命したてまつるべしと、ひとをすすむべきばかりなり」の人から話を聞いてください。そういう人を探す手間を惜しむならば、必ず往生するぞと思って念仏を称えて下さい。

親鸞会に所属すること、高森会長から話を聞くことは、今生も後生も、百害あって一利なしです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »