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2010年6月 1日 (火)

[mixi]三願転入議論の解説5

前回の続きで「欣慕浄土の善根」についてもう少し述べたいと思います。

『教行信証』化土巻には、

仏心の光明、余の雑業の行者を照摂せざるなり。仮令の誓願まことに由あるかな。仮門の教、欣慕の釈、これいよいよあきらかなり。

(現代語訳)

阿弥陀仏の光明は自力の行をまじえるものを照らしおさめることはないのである。第十九願を方便の願とするのは、まことに意味深いことである。釈尊が『観無量寿経』に定善・散善を説かれ、善導大師がこれは浄土を慕い願わせるための方便の教えであると解釈されたおこころが、いよいよ明らかに知られるのである。

ともあります。
19願についての総括をされたお言葉です。
19願では化土往生になると繰り返し仰ってきて、最後に、自力の行をまじえているものは、報土往生はできないと断言なされているのです。それで19願は方便の願と結論付けられるのです。
19願について親鸞聖人は、要門釈の最初に、「修諸功徳の願」「臨終現前の願」「現前導生の願」「来迎引接の願」「至心発願の願」と仰っています。
しかしここでは「仮令の誓願」と、19願文の「仮令」のお言葉を使われて、19願のことを仰っています。「仮令」の意味は、もともとは「たとえ」「もしも」ですが、親鸞聖人はここでは「かりに」「方便」という意味に変えられて仰っています。つまり、19願は権仮方便として、それが必要な機に対して「かりに」建てられたものであるということを19願文のお言葉を使って、説明をされているのです。それ故に、

仮門の教、欣慕の釈、これいよいよあきらかなり

なのです。
『観無量寿経』及び19願は、聖道門の人に、浄土を願い慕わせ、誘引するためのものと明らかであると親鸞聖人は明言なされました。
従って、浄土門に入っている人は、すでに浄土を願い慕っているのですから、19願の役割は、浄土門に入っていない聖道門の人を浄土門に導くためなのです。

同様のことは『三経往生文類』でも仰っています。

観経往生といふは、修諸功徳の願(第十九願)により、至心発願のちかひにいりて、万善諸行の自善を回向して、浄土を欣慕せしむるなり。

19願は、「浄土を欣慕せしむる」のであって、善のできないことを知らせるために善をさせる願ではありません。

こうへい氏は、別のトピックで

救われたか否かは、「信疑決判」以外にありませんので、
弥陀の本願に疑い晴れたか否か、
言いかえれば、
二種深信か否か、で判定されるものです。

と述べていますが、二種深信とは、『散善義』にある七深信の最初の2つです。
親鸞聖人は『愚禿鈔』に七深信について簡単に説明されています。

七深信とは、
第一の深信は、「決定して自身を深信する」と、すなはちこれ自利の信心なり。
第二の深信は、「決定して乗彼願力を深信する」と、すなはちこれ利他の信海なり。
第三には、「決定して『観経』を深信す」と。
第四には、「決定して『弥陀経』を深信す」と。
第五には、「唯仏語を信じ決定して行による」と。
第六には、「この『経』(観経)によりて深信す」と。
第七には、「また深心の深信は決定して自心を建立せよ」となり。

この第三が前回紹介した

また決定して深く、釈迦仏、この『観経』の三福・九品・定散二善を説きて、かの仏の依正二報を証讃して、人をして欣慕せしめたまふと信ず。

です。
第三深信を否定するような人があれば、救われたか否か、判定されてしまいます。

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