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2010年6月 2日 (水)

[mixi]三願転入議論の解説6

最近、親鸞会がひたすら強調している『一念多念証文』

おほよそ八万四千の法門は、みなこれ浄土の方便の善なり。これを要門といふ。これを仮門となづけたり。
この要門・仮門といふは、すなはち『無量寿仏観経』一部に説きたまへる定善・散善これなり。定善は十三観なり、散善は三福九品の諸善なり。これみな浄土方便の要門なり、これを仮門ともいふ。この要門・仮門より、もろもろの衆生をすすめこしらへて、本願一乗円融無碍真実功徳大宝海にをしへすすめ入れたまふがゆゑに、よろづの自力の善業をば、方便の門と申すなり。

のお言葉は、もともと『教行信証』化土巻をまとめられたものです。「八万四千の法門」と「本願一乗円融無碍真実功徳大宝海」について『教行信証』化土巻では以下の部分が関係深いところです。

宗師(善導)の意によるに、「心によりて勝行を起せり。門八万四千に余れり。漸・頓すなはちおのおの所宜に称へり。縁に随ふものすなはちみな解脱を蒙る」(玄義分)といへり。
しかるに常没の凡愚、定心修しがたし、息慮凝心のゆゑに。散心行じがたし、廃悪修善のゆゑに。ここをもつて立相住心なほ成じがたきがゆゑに、「たとひ千年の寿を尽すとも、法眼いまだかつて開けず」(定善義)といへり。いかにいはんや無相離念まことに獲がたし。ゆゑに、「如来はるかに末代罪濁の凡夫を知ろしめして、相を立て心を住すとも、なほ得ることあたはじと。いかにいはんや、相を離れて事を求めば、術通なき人の空に居て舎を立てんがごときなり」(同)といへり。
「門余」といふは、「門」はすなはち八万四千の仮門なり、「余」はすなはち本願一乗海なり。

(現代語訳)

善導大師の説かれた『観経疏』によれば、「衆生の心にしたがって釈尊はすぐれた行をお説きになった。その教えは八万四千を超えている。漸教も頓教もそれぞれ衆生の資質にかなったものであり、縁にしたがってその行を修めればみな迷いを離れることができる」(玄義分)といわれている。
しかし、はかり知れない昔から迷い続けてきた愚かな凡夫は、定善の行を修めることができない。心を乱さず思いを一つに集中して浄土の相を観ずる行だからである。散善の行も修めることができない。悪い行いをやめて善い行いをすることだからである。このようなわけで、仏や浄土の相を観じて思いを一つに集中することさえできないのだから、『観経疏』には、「たとえ千年という長い寿命を費やしても、真実を見る智慧の眼が開かない」(定善義)といわれている。ましてすべての相を離れ、真如法性をそのまま観ずることなど決してできない。だから、『観経疏』には、「釈尊は、はるかに遠く、末法の世の煩悩に汚れた衆生のことを、仏や浄土の相を観じて思いを一つに集中することなどできないと見通しておられる。ましてすべての相を離れて真如法性を観じようとするなら、それは、神通力のないものが空中に家を建てようとするようなものであり、決してできるはずがない」(定善義)といわれている。
『観経疏』に「その教えは八万四千を超えている」(玄義文)といわれているのは、「教え」とは八万四千の方便の教えであり、自力聖道門のことである。「超えている」のは本願一乗海の教えであり、他力浄土門のことである。

機に応じて釈尊は「八万四千の法門」を説かれました。その教え通りに如実に修行できれば解脱することができるのですが、そんな者は甚だ少ないのです。それで、『観無量寿経』で、定散二善を説かれたのですが、「常没の凡愚」には、定善も散善もできないのです。
そんな「常没の凡愚」のために、「八万四千の仮門」の他に「本願一乗海」である真実の法門、弘願があることを教えられているのです。

聖道門を要門に誘引し、要門から弘願一乗へと導かれることを仰ったものです。
『一念多念証文』も同じことを仰っています。

これが、定散二善のできない「常没の凡愚」に定散二善を勧められた根拠だ、と考えることが、根本的に間違っています。
常没の凡愚」が、定散二善ができると自惚れているといいますが、自惚れている人なら善人か、定散二善の内容を知らないだけです。五逆罪、謗法罪を造っているような悪人が、定散二善ができると自惚れている筈がないでしょう。

親鸞会の理論は矛盾ばかりです。

なお、以前に当ブログに現われて、親鸞聖人が19願を勧められた根拠として誡疑讃を出して、完膚なきまでに論破された「1会員」「M野氏ではないyo」を名乗る人物が、悔し紛れに「本願寺の僧侶」を名乗って下らないブログを新たに書いているようです。
読む価値のないブログを紹介しても仕方が無いので、ブログ名とリンク先は敢て書きません。

ただ、少しだけおもしろいことが書かれてありましたので、真似て書いてみます。

『真宗授要編 釈教名集』を紹介しましょう。著者は光照寺の教名という人ですが、その説明が以下のサイトにありましたので、一部抜粋します。

「親鸞と時朝」

光照寺は笠間御草庵といい、親鸞の弟子である教名房実念の開基である。
『親鸞聖人門侶交名牒』に実念は存在する。実念は親鸞の面授の弟子である。

光照寺のご本尊は建長7年(1255年)造立の阿弥陀如来立像(県指定文化財)である。建長5年には時朝は薬師如来立像と脇立千手観音立像を造立しそれぞれ、岩谷寺と京都三十三間堂に寄進している。光照寺の阿弥陀如来立像も同時期に作られたものであるが、光照寺のご住職のお話では、「阿弥陀如来立像は親鸞聖人自らが造られたご本尊と言われており、時朝が発願・造立したとの史料はない。」との事である。

光照寺略縁起によると「本尊である阿弥陀如来立像は親鸞が自ら日夜精魂のすえ、旬日にして二尺八寸の尊像を御成就あそばされた。ご帰洛の砌、この御本尊を教名房実念に付与さたものといわれ、『浄土真宗開闢の本尊』或いは『立教開宗の阿弥陀如来』として750年来、当山に伝わるところ。」とある。

親鸞会会員には、驚くべきことが書かれてあります。
さて、この書物の中に次のようにあります。

さては信心と申ことは、聖人の御膝ちかく御聴聞まふしてさへ発起すること甚だ以かたし、いはんや滅後末の世にはさぞと思ひ侍るなりことに、聖教には権実真仮ありてたやすく正意にいたること甚以かたかるべしと存たてまつるなり。哀願は某、末世の尼入道になりかはり信心決定の要を委く御尋まふし上たく存したてまつるなり。恐ながら御返答なし下され候はば、末世往生の亀鑑とて奉らんと申上るところに聖人正しく仰られて曰く、「汝この尋の旨肝要のことなり。すべて聖教は教なければみな定散の二門におつるなり。故に大師聖人は文はまつげのごとく見損て往生の得分を失ふと歎たまへり。」

これは親鸞会のことを親鸞聖人が仰ったものです。

親鸞会の聖教(会長の著書)には教えがないから、定散の二門におちいって、親鸞聖人の御著書を読み損なって往生ができないのです。

親鸞会の主張するところは、すべてが怪しいのです。

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