« [mixi]三願転入議論の解説6 | トップページ | 「定散諸機」とは »

2010年6月 3日 (木)

[mixi]三願転入議論の解説7

親鸞会では方便の意味が、何も判っていません。善巧方便と権仮方便の違いも判らなければ、権仮方便の理解などまさに幼稚園以下です。

mixiでのこうへい氏の質問

未信の人が、18願だけで導かれるということですか?
19願力も、20願力も不要と言われるのでしょうか?
もしそうでしたら、19願力や20願力以外の、
18願力に方便(信前)もある、ということになりますが、
そのようなことを、親鸞聖人はどこにおっしゃっているのでしょう?

については、

善巧方便と権仮方便の意味を教えてあげてください
誡疑讃について教えてあげて下さい
正しい三願転入
極重の悪人は、他の方便なし
定散の諸機は、極重悪人、ただ弥陀を称せよと勧励したまへるなり

で、方便について詳しく説明をして答えてきましたので、読まれていない方は、是非読んで頂きたいと思います。

親鸞会では

方便だからしなければならない

などと自信満々に主張していますが、無知をさらけ出していることに気が付いていないのです。

親鸞聖人の御著書を読めば判りますが

方便だから捨てよ

なのです。

聖道門は方便だから捨てよ
化土は方便だから願うな

です。同じように、

19願(諸善)、20願(自力念仏)は方便だから捨てよ

です。

19願、諸善だけは方便だからせよ

になる訳がないです。小学生でも理解できることです。

もっといえば、方便が方便と信じられず、方便を真実と信じているから方便になるのです。
親鸞聖人は真実と方便を教えられました。しかし、親鸞聖人の真実18願の仰せを信じられず、方便と仰った聖道門、19願、20願をそれぞれ真実だと信じている人がたくさんあるのです。信じている人にとってはそれが真実ですが、そういう人にそれが真実ではないと説いても信じられないから、暫く機に応じて用いられる随他意の法門を説かれたのです。それが真実でなかったと理解できたならば、真実に誘引する権仮方便となるのです。

親鸞会の人は、仏教界のことを知らなさ過ぎますが、浄土門の人でも18願が真実と思えず、19願での往生、20願での往生を信じ願っている人が親鸞聖人の時代も、今もたくさんいるのです。18願での往生を信じられる人は少ないのです。
だからこそ、親鸞聖人は、19願は聖道門の人を浄土門に誘引する願であり、19願を実践しても化土往生しかできない方便の願だから、真実18願を信じなさい、と仰っているのです。

『観経』の定散の諸機は、極重悪人、ただ弥陀を称せよと勧励したまへるなり。

はその駄目押しのお言葉です。
20願についても同じです。誡疑讃を読まれれば、自明のことです。

そこまで親鸞聖人が仰っても、やはり信じられない人がありますので、蓮如上人は『御文章』3帖目第12通で

それ、当流の他力信心のひととほりをすすめんとおもはんには、まづ宿善・無宿善の機を沙汰すべし。さればいかに昔より当門徒にその名をかけたるひとなりとも、無宿善の機は信心をとりがたし。まことに宿善開発の機はおのづから信を決定すべし。されば無宿善の機のまへにおいては、正雑二行の沙汰をするときは、かへりて誹謗のもとゐとなるべきなり。この宿善・無宿善の道理を分別せずして、手びろに世間のひとをもはばからず勧化をいたすこと、もつてのほかの当流の掟にあひそむけり。

と、親鸞聖人の教えを信じられる「宿善の機」と、信じられない「無宿善の機」を区別なされているのです。
宿善の機」には、

他の方便なし

です。逆にいえば、「無宿善の機」には

他の方便あり

なのです。
真実と方便について親鸞聖人が教えられている通りと信じられる人は、「宿善の機」です。

方便と知りながら方便をせよと説く、間の抜けた高森会長をこれでも信じる人は、「無宿善の機」です。

|

« [mixi]三願転入議論の解説6 | トップページ | 「定散諸機」とは »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1323088/35037594

この記事へのトラックバック一覧です: [mixi]三願転入議論の解説7:

« [mixi]三願転入議論の解説6 | トップページ | 「定散諸機」とは »