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2010年3月29日 (月)

曠劫多生の目的

最近、親鸞会会員の口からよく出る言葉が、

曠劫多生の目的
多生億劫の大問題

等です。もちろん高森会長がこのように教えているからですが、会員はその言葉に酔いしれているようです。
高森会長が、

30年、40年聞いたくらいで判るものではない
19願に入り口にも入っていない

と言っているのですから、平生どころか、今生に救われなくても仕方がないという慰めになっていて、それこそ大問題です。

遇行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ

と親鸞聖人が仰ったことと重ねあわせているつもりかもしれませんが、今救われて、遠い過去から迷ってきたことを振り返られて慶ばれたことと、救いを遠い先の未来までのことと考えるのとは全く違います。会員の気持ちは、明らかに後者です。

これこそが、18願と19願との違いといえるでしょう。それが以前にも
他力の三信をえんことをよくよくこころえねがふべきなり
のところで述べた内容です。19願を求めているならば、親鸞聖人も『唯信鈔文意』の中で仰っている通り、

雑行雑修して定機・散機の人、他力の信心かけたるゆゑに、多生曠劫をへて他力の一心をえてのちに真実報土に生るべきゆゑに、すなはち生れずといふなり。もし胎生辺地に生れても五百歳をへ、あるいは億千万衆のなかに、ときにまれに一人、真の報土にはすすむとみえたり。三信をえんことをよくよくこころえねがふべきなり。

です。これは親鸞会会員のことを仰ったのだと私は味わっています。19願を勧められれば、親鸞聖人も仰っているように多生曠劫の目的になります。だから、平生業成の親鸞聖人は、18願を勧められているのです。19願はどこにも勧められていません。

これも以前に
浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし
で書きましたが、『末灯鈔』に親鸞聖人は

この身は、いまは、としきはまりて候へば、さだめてさきだちて往生し候はんずれば、浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし。

と19願、20願の化土に往くなよ、18願の報土に往生してくれよ、報土で待っているから、と仰っているのです。

親鸞聖人の仰せに従うならば、

曠劫多生の目的
多生億劫の大問題

などと言って喜んでいることを、心から恥じるべきでしょう。

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コメント

 高森会長は己の名利と財欲のためにどこまで会員を利用し騙し
迷わせ続けるつもりでしょうか。会長は信心決定しているのでしょうか。もしそうなら、こんな最低な輩でも極楽往生出来ることになります。それを思うと怒りとやりきれなさがこみあげてきますね。

投稿: | 2010年3月30日 (火) 11時58分

会長はいそぎ仏になりてすぐ還相回向で戻ってきて自分を破邪して欲しいですね。
お浄土で会長に会ったら、どうしまひょ

投稿: | 2010年3月30日 (火) 18時23分

法謗罪により怪鳥の往生浄土はキャンセルとします。(by 阿弥陀仏)

投稿: | 2010年3月30日 (火) 19時01分

皆さんのお気持ちはよく判ります。

但し、真実信心であったならば、という前提です。

投稿: 飛雲 | 2010年3月30日 (火) 21時58分

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