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2010年2月24日 (水)

ひがことを申し候はば、その身ひとりこそ地獄にもおち、天魔ともなり候はめ

コメント欄では、相変わらずの論点ずらしをしています。
毎度毎度のことで驚くこともありませんが、例の1会員さんが立派と誉めるチビ丸(M野支部長)のカキコが2chの過去スレに残されていますので紹介しておきましょう。

【法論出来ない】カルト親鸞会【教義ボロボロ】

347 名前:チビ丸:2009/09/05(土) 13:06:45 ID:Wf87EChB
>「生死の大海」「三塗」の意味も知らないとはね。
>これが地獄という解釈をするのは、仏教のイロハも知らない外道の輩ですね

生死流転というのは六道を回るから必ず阿鼻地獄にも行きます。
「阿鼻地獄だけには行かない六道輪廻というのがある」という
すうごいでたらめですね。

 第三門のなかに五番あり。第一に無始劫よりこのかたここにありて、
輪廻無窮にして身を受くること無数なることを明かすとは、
『智度論』(意)にいふがごとし。
「人中にありて、あるいは張家に死して王家に生じ、王家に死して李家に生ず。
かくのごとく閻浮提の界を尽して、あるいはかさねて生じ、あるいは異家に生ず。
あるいは南閻浮提に死して西拘耶尼に生ず。閻浮提のごとく余の三天下もまたかくのごとし。
四天下に死して四天王天に生ずることもまたかくのごとし。
あるいは四天王天に死してとう利天に生ず。とう利天に死して余の上四天に生ずることも
またかくのごとし。色界に十八重天あり、無色界に四重天あり。ここに死してかしこに生ず。
一々にみなあまねきことまたかくのごとし。あるいは色界に死して阿鼻地獄に生ず。
阿鼻地獄のなかに死して余の軽繋地獄に生ず。軽繋地獄のなかに死して畜生のなかに生ず。
畜生のなかに死して餓鬼道のなかに生ず。餓鬼道のなかに死してあるいは人天のなかに生ず。
かくのごとく六道に輪廻して苦楽の二報を受け、生死窮まりなし。胎生すでにしかなり。
余の三生もまたかくのごとし」と。(安楽集)

皆さんお判りとは思いますが、これは高森会長の「一切衆生必堕無間」説を否定するものです。
それですぐにツッコミが入りました。

351 名前:チビ丸、とうとう高森会長を誹謗!:2009/09/05(土) 13:21:14 ID:U7hbfY+J
>>347
> 生死流転というのは六道を回るから必ず阿鼻地獄にも行きます。
>「阿鼻地獄だけには行かない六道輪廻というのがある」という
> すうごいでたらめですね。

 チビ丸が、とうとう高森会長の間違いを指摘しました!!

●親鸞聖人や蓮如上人が不惜身命の覚悟で教示下された生死の一大事とは、どんなことかといゝますと、これは後生の一大事ともいわれていますように、
総ての人間はやがて死んでゆきますが、一息切れると同時に無間地獄へ堕ちて、八万劫年苦しみ続けねばならぬという大事件をいうのです。
(こんなこと知りたい1)

高森説 → 総ての人間は、死ぬと同時に無間地獄へ堕ちる。
チビ丸説→ 総ての人間は、流転輪廻の中で、無間地獄にも堕ちる。

高森vsチビ丸の法論の行く末は如何に?

357 名前:チビ丸、とうとう高森会長を誹謗!:2009/09/05(土) 13:34:12 ID:U7hbfY+J
>>353

一切衆生(いっさいしゅじょう)必堕無間(ひつだむけん)

一切衆生とは、人間だけでなく、すべての生命のこと。
必堕無間とは、「一息切れると同時に無間地獄へ堕ちる」こと。

畜生が死んで餓鬼道に生まれることもなく、餓鬼道で死んで人天に生まれることも無いという考え方。

これに反論したチビ丸の根拠は以下の通り。

阿鼻地獄のなかに死して余の軽繋地獄に生ず。軽繋地獄のなかに死して畜生のなかに生ず。
畜生のなかに死して餓鬼道のなかに生ず。餓鬼道のなかに死してあるいは人天のなかに生ず。
かくのごとく六道に輪廻して苦楽の二報を受け、生死窮まりなし。胎生すでにしかなり。
余の三生もまたかくのごとし」と。(安楽集)

358 名前:チビ丸、とうとう高森会長を誹謗!:2009/09/05(土) 13:40:36 ID:U7hbfY+J

>「人中にありて、あるいは張家に死して王家に生じ、王家に死して李家に生ず。
> かくのごとく閻浮提の界を尽して、あるいはかさねて生じ、あるいは異家に生ず。
(安楽集)

人中にありて、あるいは張家に死して無間地獄に生じ、王家に死して無間地獄に生ず。
(高森集)

どちらが正しいのでしょうか?

359 名前:チビ丸、とうとう高森会長を誹謗!:2009/09/05(土) 13:42:50 ID:U7hbfY+J
人間が死んだら、次の生で必ず無間地獄へ堕ちるという高森会長の説は、
チビ丸の提示した安楽集の根拠で論破されました。

如何でしょうか。

前々回と前回で紹介しましたように、自力念仏の人は化土往生すると、『大無量寿経』『往生要集』『教行信証』『正像末和讃』『浄土三経往生文類』『末灯鈔』に書かれてあります。
不当な罪意識から民衆の心を解き放たれた法然上人のお言葉も以前に紹介しました。

例の1会員さんによれば、「一切衆生必堕無間」を否定された、釈尊、龍樹菩薩、道綽禅師、源信僧都、法然上人、親鸞聖人は、悪知識だそうです。

「親鸞会教義の誤り」宿善とは4 には以下のように書かれています。

『親鸞聖人御消息』に、

弥陀の御ちかひにまうあひがたくしてあひまゐらせて、仏恩を報じまゐらせんとこそおぼしめすべきに、念仏をとどめらるることに沙汰しなされて候ふらんこそ、かへすがへすこころえず候ふ。あさましきことに候ふ。ひとびとのひがざまに御こころえどもの候ふゆゑ、あるべくもなきことどもきこえ候ふ。申すばかりなく候ふ。ただし念仏のひと、ひがことを申し候はば、その身ひとりこそ地獄にもおち、天魔ともなり候はめ。よろづの念仏者のとがになるべしとはおぼえず候ふ。

と書いておられます。親鸞聖人は関東の同行に宛てたお手紙の中で、
「遇いがたい阿弥陀仏の本願に遇わせせて頂き、仏恩に報いようと思わなければならないのに、念仏を妨げようとすることは、全く理解できないことであり、浅ましいことです。間違って理解している人達がいますので、あってはならないことが聞こえてくるのです。念仏の人といいながら、間違ったことを教えている人こそが、地獄に堕ち、天魔になるのです。すべての念仏者の罪になるのではないと思います。」
と仰っています。

親鸞聖人が"地獄に堕ちる"と仰っているのは、誰のことでしょうか。お前たちは一人残らず無間地獄に堕ちると説き、獲信のための善を勧めて念仏を妨げている人物のことです。会員さんのことではありません。

ここでも「一切衆生必堕無間」を親鸞聖人は否定されています。

親鸞会指導者と例の1会員さんの後生が案じられます。

なお、例の1会員さんは、このエントリーについてコメントは一切不要です。まず、先の誡疑讃についてのみコメントをしましょうね。ただし、「ひがことを申し候」ことのないように。

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コメント

例の1会員(M野支部長?)は、さずがにコメントできなかったのでしょうか。
まあ、それが正解です。
暫くしたら、「コメント削除された」「コメントを改竄された」と騒ぎ出すのでしょうね。
ワンパターン。

投稿: 現役会員 | 2010年2月25日 (木) 06時51分

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