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2010年2月 2日 (火)

念仏往生と諸行往生

法然上人は、18願を念仏往生の願と名づけられ、阿弥陀仏は、称名念仏以外の一切の諸行を劣った、難行として選び捨て、称名念仏一行を勝れた易しい行であり、これを正定業として選び取られたのだと教えていかれました。『選択本願念仏集』には、そのことが書かれてあります。

 問ひていはく、あまねく諸願に約して粗悪を選捨し善妙を選取すること、その理しかるべし。なんがゆゑぞ、第十八の願に、一切の諸行を選捨して、ただひとへに念仏一行を選取して往生の本願となしたまふや。
 答へていはく、聖意測りがたし。たやすく解することあたはず。しかりといへどもいま試みに二の義をもつてこれを解せば、一には勝劣の義、二には難易の義なり。
初めの勝劣とは、念仏はこれ勝、余行はこれ劣なり。所以はいかんとならば、名号はこれ万徳の帰するところなり。しかればすなはち弥陀一仏のあらゆる四智・三身・十力・四無畏等の一切の内証の功徳、相好・光明・説法・利生等の一切の外用の功徳、みなことごとく阿弥陀仏の名号のなかに摂在せり。ゆゑに名号の功徳もつとも勝となす。余行はしからず。
おのおの一隅を守る。ここをもつて劣となす。たとへば世間の屋舎の、その屋舎の名字のなかには棟・梁・椽・柱等の一切の家具を摂せり。棟・梁等の一々の名字のなかには一切を摂することあたはざるがごとし。これをもつて知るべし。
しかればすなはち仏の名号の功徳、余の一切の功徳に勝れたり。ゆゑに劣を捨てて勝を取りてもつて本願となしたまへるか。次に難易の義とは、念仏は修しやすし、諸行は修しがたし。

これを読んだ聖道諸宗の学僧から、激しい非難が巻き起こることは当然なことです。それで彼らは、阿弥陀仏は19願に諸行往生も誓われているのだから、諸行往生こそが大願ではないのかと反論したのです。

承元の法難のきっかけともなった『興福寺奏状』には、

七、念仏を誤る失

ここに専修、此のごときの難を蒙らんの時、万事を顧みず、ただ一言に答へん、「是れ弥陀の本願に四十八あり、念仏往生は第十八の願なり」と。何ぞ爾許の大願を隠して、ただ一種を以て本願と号せんや。

とある通りです。
理屈の上からは、筋の通ったものです。それゆえ、法然上人がお亡くなりになられた後は、法然上人のお弟子の中にも、念仏往生の教義が揺らいで諸行往生を主張する人も実際に現れました。

そこで昨日も書きましたように、親鸞聖人が『教行信証』を著されて法然上人の教えられたことの正当性を明らかにされたのです。

詳しくは「親鸞会教義の誤り」親鸞会は諸行往生11にも書かれていますので、そちらを読まれることをお勧めしますが、簡単に説明しますと、親鸞聖人は諸行往生の19願では、報土往生ではなく化土往生しかできないし、聖道仏教を信じている人のために、浄土を欣慕させるために阿弥陀仏が建てられた願と明言されたのです。

この流れが判れば、化土巻に19願、20願を方便として説かれた御心が御理解頂けると思います。

三願転入の文は、親鸞聖人が聖道仏教を信奉されていた経験を通して、即身成仏を目指されていたところを欣慕浄土させて頂き、法然上人の諸行を捨てて念仏一行を専修せよの教えによって、18願念仏往生の体験をなされた告白です。
19願、20願を建てられた意味と、18願念仏往生の教えを明らかにされることが目的であって、18願に入るためには、19願、20願を通らなければならないという説明をされたのでないことは、普通に考えれば判る筈です。

「親鸞会教義の誤り」の管理人さんがいわれているように、浄土仏教の歴史を学ばれるだけでも、高森会長の教えが如何に頓珍漢なものか理解できると思うのですが、高森会長が絶対、と信じ込んでいたら、理性も思考力も飛んでいくのでしょうね。なんとかならないものでしょうか。

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