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2010年1月20日 (水)

間違いを教えてくれたブログの内容3

「さよなら親鸞会」は、会長の本当の人格を教えてくれました。

会長といえば、今は会員からはるかかなたの人ですが、私が入会した頃は、法話会場ですれ違って、直接挨拶することも時々ありました。会長との距離感は、そんなになかったと思います。ところが、会員が増えるに従って、会長が遠くなりました。会長が天狗になってきたのではないかと思えることもありました。

その疑問に対する答えが、「さよなら親鸞会」の投稿にありました。

投稿:高森顕徹会長の人格(3)

高森顕徹会長の人格について、再び投稿です。

高森会長の専用の部屋や玄関、エレベータ、渡り廊下などは、過去にこのブログでも報じてきました。

まさに「そこら中に」高森会長の専用の施設が用意されていること。また、その施設の建築にあたっては「親身を削って布教一つにまい進しておられる御多忙の」高森会長が、異常ともいえるこだわりを持って細部にわたって注文をつけていること。そしてそれにどれほど多額の浄財がつぎ込まれているのか、学徒の皆さんは御存知なのでしょうか。

眺めが良くないといっては工事を何度もやり直させ、木が邪魔で立山が見えないといっては立派な樹木を聖地課に切らせる高森会長。皆さんも、その本当の姿を知って、自分が人生を預けていい人物なのかを判断してください。

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 高森会長は、会員さんのことを心に掛けて、早く信心決定してもらいたいと常に思い続けている、と聞かされ続けてきましたが、それは全くの嘘です。

 私は信心決定1つを目的に、長年親鸞会で求めてきました。「善知識には親しみ近付け」と親鸞聖人も教えられ、Y総務局長からは、「信心決定できるかどうかは、高森先生とどれだけ御縁をもてるかだ」と聞かされてきました。それで私は少しでも、高森会長に近付こうと常に心掛けてきました。講師部は高森会長との縁がかなりあると思い、講師部へ入りましたが、一般の講師部員は高森会長と直接話をすることは皆無です。会員さんとの違いは、講師部講義に参加できるということだけです。

 それでは「善知識に親しみ近付け」が実践できないと思い、高森会長と話のできる任務に自ら就きました。そのことで高森会長と直接話をすることができ、善知識に近付けたと喜んでいたものです。

 ところが、年々高森会長との距離が遠くなっていくのを感じました。お忙しいのだろうと思い込もうとしていましたが、実は高森会長の方から、接する人を限定するようになっていることに気が付いたのです。なぜ、一般の会員さんと親しく接しようとしないのだろうか、それどころか講師部員とさえ、話をしないのはどうしてだろうか、敢て」避けているように感じられるのだが、という疑問が段々大きくなってきたのです。

 その疑問が確信に変わったのは、正本堂の工事中でした。正本堂の工事中に、本館と顕真会館を結ぶ渡り廊下が造られているのに気が付き、そのことを工事関係者に尋ねたところ、高森会長専用の渡り廊下との答えでした。更に詳しく聞いてみると、設計時にはなかったが、高森会長が工事中に自分専用の渡り廊下を造るように指示したというのです。

 私は大変なショックを受けました。工事の費用はもちろん会員さんの御報謝ですのでそれも問題ですが、それ以上に、自分を特別視せよと指示していることが信じられませんでした。

 それからいろいろと調べてみると、全国の会館には、高森会長専用の玄関、エレベーター、寝室と応接室、秘書室がどこにも用意されていることがわかったのです。真生会病院でさえ、自分専用の玄関と病室、応接室があるのです。正本堂には、高森会長専用の巨大な厨房が2つあり、家族の部屋まで用意されていて、家族は休み時間はそこに籠もって一般会員さんと接するのを拒否しています。

 真生会の医師には、「君たちの使命は、地域の患者を看ることではなく、ワシの体を守ることだ」とか、「ワシが真生会は特専部の城だといったのを、自分達の城と思っているようだが、ワシの城だ、勘違いするな」といっていたことも後で知りました。

 親鸞聖人が、「御同朋、御同行」、「弟子一人ももたず」と仰っておられたことは、高森会長からも何百回も聞いてきましたが、自分はまるで反対のことをしており、しかも自らが指示して無二の善知識と崇め奉らせていたのです。

 善知識に親しみ近付けと教えながら、高森会長自身が会員さんから遠ざかっているのは、明らかに矛盾しています。つまりは、「皆々信心決定あれかしと朝夕思いはんべり」の気持ちなどさらさらないのです。ただ自分が特別な存在であることを認めさせたいだけなのです。

本館と祇園をつなぐ会長専用の渡り廊下が建設されていたとは、聞いたこともなく、その必要性を見いだすことは困難でした。会長の本心が見えてきた瞬間でした。

会長が高潔な人格であると擦り込まれていましたが、真っ赤な嘘であったのです。会長はただの俗人と判り、退会を考えた切っ掛けとなりました。

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コメント

あの人は「お山の大将」になりたかったのだ。
と言っていた人がいましたね。

昔はまともだったのか、最初めから名利しか頭になかったのか…
何れにしても現在は末期症状ですね。

投稿: Rudel | 2010年1月20日 (水) 20時59分

Rudel 様

最初は小さな名利だったと思います。それがお山の大将になって、順調にことが運んだために、一国の大将になったと勘違いしたのでしょう。『光に向かって』にも書いてあるとおりです。尤も、自分で書いた内容ではないから、自分自身への教訓となることはなかったのでしょうね。自分専用の渡り廊下を造らなければ、御粗末人格が暴露されるのに、もう少し猶予が与えられたでしょうに。

投稿: 飛雲 | 2010年1月20日 (水) 21時25分

いやー、人間性の問題はあちらこちらで言われてますから、渡り廊下の件だけじゃ猶予にもなりませんよ、きっと*笑*

何よりも、名利のために教えを曲げたのが最悪ですね

投稿: Rudel | 2010年1月21日 (木) 00時28分

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