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2010年1月

2010年1月31日 (日)

三選の文

三重廃立の話がまだされていた頃、法然上人の有名な三選の文についても、何度か法話で話を聞きました。

はかりみれば、それすみやかに生死を離れんと欲はば、二種の勝法のなかに、
しばらく聖道門を閣きて選びて浄土門に入るべし。
浄土門に入らんと欲はば、正雑二行のなかに、しばらくもろもろの雑行を抛てて
選びて正行に帰すべし。
正行を修せんと欲はば、正助二業のなかに、なほ助業を傍らにして選びて正定を
もつぱらにすべし。
正定の業とは、すなはちこれ仏名を称するなり。
名を称すれば、かならず生ずることを得。仏の本願によるがゆゑなり。

親鸞聖人が『教行信証』に唯一引用された『選択本願念仏集』のお言葉です。これが高森会長の言っていた三重廃立のもととなったのだと思います。

聖道仏教を捨てて、浄土仏教に入りなさい。雑行を捨てて正行に帰しなさい。助業傍らにおいてもっぱら正定業を修めなさい。つまり念仏以外の行を捨てなさいと単刀直入に法然上人が教えて下さったのです。ここからどうして、善をしなさいという教えに変化できるのでしょうか。私には、疑問が当時からありました。しかし、高森会長のいうことが正しい筈、というマインドコントロール下では、疑問はすぐに吹き飛ばされてしまいました。

法然上人のこのお言葉は、すべての人に判りやすい形で説かれたものですが、当然聖道門からは総攻撃に遭うことは覚悟なされていたと思います。そのリスクを犯してでも伝えねばならなかった法然上人の信念を強く感じるのです。

親鸞聖人も法然上人の教えを受け継がれて、獲信のためには善を排斥せられたのは、歴史的にも史料的にも明らかなことです。法然上人、親鸞聖人が命をかけてまで護られた善の否定を根本から覆すことを、高森会長はやっていたのです。

私も、それに気が付くのに30年近くかかってしまったことが悔やまれます。法然上人と親鸞聖人の教えはかなり違う、という邪説を擦り込まれていましたので、三選の文が、そのまま親鸞聖人の教えである、と思うことができなかったのも原因の1つでした。

「苦笑の独り言」や「親鸞会教義の誤り」には、法然上人が善を否定されたお言葉がたくさん紹介されています。

善根なければ、此の念仏を修して、無上の功徳を得んとす。
余の善根多くば、たとひ念仏せずとも、頼む方も有るべし。
しかれば善導は、我が身をば、善根薄少なりと信じて、
本願をたのみ、念仏せよと、勧め給ヘリ。
経に、一たび名号を称ふるに、大利を得とす。
又すなわち、無上の功徳を得と、とせり。
いかにいわんや、念々相続せんをや。
しかれば善根なければとて、念仏往生を疑うべからず。

(『念仏往生義』)



酬因感果の理を、大慈大悲の御心のうちに思惟して、
年序そらにつもりて、星霜五劫におよべり。
しかるに善巧方便を巡らして、思惟し給えり。
しかも、我別願をもて浄土に居して、
薄地低下の、衆生を引導すべし。
その衆生の業力によりて生まるるといわば、かたかるべし。
我、すべからく、衆生のために永劫の修行をおくり、
僧祇の苦行を巡らして、万行万善の果徳円満し、
自覚覚他の覚行窮満して、その成就せんところの、
万徳無漏の一切の功徳をもて、我が名号として、衆生に称えしめん。
衆生もしこれにおいて、信をいたして称念せば、
我が願にこたえて、生まるる事を得べし。

(『勅伝』)



釈迦も、世に出で給ふ事は、弥陀の本願を、説かんと思しめす御心にて候へども、
衆生の機縁に随い給う日は、余の種々の行をも説き給うは、
これ随機の法なり。佛の、自らの御心の底には候はず。
されば、念仏は、弥陀にも利生の本願、釈迦にも出世の本懐なり。
余の種々の行には、似ず候うなり。

(『津戸三郎へつかはす御返事』)



 念仏の行はかの仏の本願の行にてそうろう。
持戒誦経誦呪理観等の行はかの仏の本願にあらぬ行にてそうらえば、
極楽を欣わん人はまず必ず本願の念仏の行を勤めての上に、
もし異行をも念仏にし加えそうらわんと思いそうらわんと思いそうらわば、
さも仕りそうろう。
 またただ本願の念仏ばかりにてもそうろうべき。念仏をつかまつりそうらわで、
ただ異行ばかりをして極楽を欣いそうろう人は、極楽へも、
え生まれそうらわぬ亊にてそうろう由、善導和尚の仰せられてそうらえば、
但念仏が決定往生の業にてはそうろうなり。
善導和尚は阿弥陀仏の化身にておわしましそうらえば、
それこそは一定にてそうらえと申しそうろうにそうろう。
 また女犯とそうろうは不婬戒の亊にこそそうろうなり。
また御君逹どもの勘当とそうろうは不瞋恚戒の亊にこそそうろうなれ。
されば持戒の行は仏の本願にあらぬ行なれば、
堪えたらんに随いて持たせたまうべくそうろう。
孝養の行も仏の本願にあらず、堪へんに随いて勤めさせおはしますべくそうろう。

(『熊谷入道へ遣わす御返事』)



諸行は難きがゆゑに諸機に通ぜず。
しかればすなはち一切衆生をして平等に往生せしめんがために、難を捨て易を取りて、本願となしたまへるか。
もしそれ造像起塔をもつて本願となさば、貧窮困乏の類はさだめて往生の望みを絶たん。
しかも富貴のものは少なく、貧賤のものははなはだ多し。
もし智慧高才をもつて本願となさば、愚鈍下智のものはさだめて往生の望みを絶たん。
しかも智慧のものは少なく、愚痴のものははなはだ多し。
もし多聞多見をもつて本願となさば、少聞少見の輩はさだめて往生の望みを絶たん。
しかも多聞のものは少なく、少聞のものははなはだ多し。
もし持戒持律をもつて本願となさば、破戒無戒の人はさだめて往生の望みを絶たん。
しかも持戒のものは少なく、破戒のものははなはだ多し。
自余の諸行これに准じて知るべし。
まさに知るべし、上の諸行等をもつて本願となさば、往生を得るものは少なく、往生せざるものは多からん。
しかればすなはち弥陀如来、法蔵比丘の昔平等の慈悲に催されて、あまねく一切を摂せんがために、造像起塔等の諸行をもつて往生の本願となしたまはず。
ただ称名念仏一行をもつてその本願となしたまへり。

『選択本願念仏集』


おほよそかくのごときの三義不同ありといへども、ともにこれ一向念仏のための
所以なり。初めの義はすなはちこれ廃立のために説く。いはく諸行は廃せんがために
説く、念仏は立せんがために説く。次の義はすなはちこれ助正のために説く。
いはく念仏の正業を助けんがために諸行の助業を説く。後の義はすなはちこれ
傍正のために説く。いはく念仏・諸行の二門を説くといへども、念仏をもつて正
となし、諸行をもつて傍となす。ゆゑに三輩通じてみな念仏といふ。ただし
これらの三義は殿最知りがたし。請ふ、もろもろの学者、取捨心にあり。いまもし
善導によらば、初め(廃立)をもつて正となすのみ。

『選択本願念仏集』


故に知んぬ。諸行は機に非ず、時を失えり。念仏往生は機に当り、時を得たり。
感応あに唐捐ならんや。まさに知るべし。隨他の前には暫く定散の門を開くと
いえども、隨自の後には還って定散の門を閉づ。一たび開いて以後永く閉じざるは
ただこれ念仏の一門なり。弥陀の本願、釈尊の付属、意ここに在り、行者まさに
知るべし。

『選択本願念仏集』

法然上人の教えられたことをもっと早く知りたかったと思うばかりです。そうすれば、時間とお金と体力を無駄に使わずに済んだことでしょう。それでも私は気が付きましたが、未だに何も知らずに苦しんでいるかつての仲間が哀れでなりません。

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2010年1月30日 (土)

三重廃立

古い会員さんならご存知でしょうが、以前の高森会長の説法では、

『教行信証』に何が書かれてあるのかといえば、三重廃立である。

とよく聞かされたものです。

内外廃立、聖浄廃立、真仮廃立の3つですが、これが宗学でいわれているかどうかは別にして、内容は正しいものでした。ところが、35周年記念大会を境に、三重廃立がいつの間にか三願転入にすり替わりました。

『教行信証』に何が書かれてあるのかといえば、三願転入である。

私はこの変化に違和感を覚えたものです。

『顕正』という本があります。昭和33年に出版されたもので、東本願寺の柏原氏の非難に対する反論本です。この内容の一部は、「親鸞会教義の誤り」「真偽検証」でも紹介されています。

 然るに、わが浄土真宗は、このような十九、二十の本願に当る浄土宗とは違って十八願の願意である、信心正因、称名報恩の仏意を弘通する教えであるから、信前の人にも信後の人にも、始終一貫して信心正因、称名報恩の教えを勧めなければならない。
 勿論、機には未熟の者もあるから、いくら信心正因、称名報恩、信心が往生の正因であり称える念仏は報謝だから、早く信心決定して報謝の念仏称える身になって下さいと勧めても、直にその通りになれない人もあろうけれども、それは機の過失であって法門は常に信因称報の仏意を説き示さなければならない。
 喩えば、虎の手本をみて虎を描こうと思っても、どうしても最初の間は虎ではなく猫の絵になってしまうが、たゆまず屈せずアキラメず虎の手本を見て描いているうちに本当の虎の絵がかけるようになるように、手本は如何に信心正因、称名報恩でも機執によって、そのようになれず、或は定散自力の称名となり、称名正因となるものもあろうが、たゆまずアキラメず信心正因、称名報恩の教えを勧めていれば、やがてその真意を諦得出来るようになるのである。
 或る画家が弟子に虎を描かす為に虎の手本を渡した。ところが弟子のかいたものは、どうみても虎ではなく、猫の絵であった。画家は再三描かせてみたが、やはり猫しか書けなかった。そこで師匠は虎をかゝせることをあきらめて猫の手本をわたした。その弟子は一生猫より描くことが出来なくなったという。
 未熟な人に合せて信心正因、称名報恩の教え以外の法門を説いて信心を得る方法には称名せよなどと教えればあたかも猫の手本を与えて虎をかく方法とするようなものである。故に教家は常に虎の説法をしなければならないのである。

このことを覚えていましたので、三重廃立と三願転入とは矛盾するのではないかと思ったものです。ただ、自分で『教行信証』を拝読することをしなかったために、高森会長のいうことを信じるより仕方がありませんでした。

何を聞くのか? それは18願意である筈が、いつの間にか19願意を聞くことに変わっていたのです。

あれから15年後、自分で『教行信証』を拝読しました。また『末灯鈔』を含む『御消息集』も拝読しました。どこをどう読んでも、19願を勧められた箇所はありませんでした。19願は化土にしか往けないから、18願の報土往生を願いなさい、とし書かれてありません。

「親鸞会教義の誤り」親鸞会は諸行往生の項目のところには、そのことが詳しく説明されていますので、読まれればお判りになると思います。

『末灯鈔』には、

 また正念といふにつきて二つあり。一つには定心の行人の正念、二つには散心の行人の正念あるべし。この二つの正念は他力のなかの自力の正念なり。定散の善は諸行往生のことばにをさまるなり。この善は他力のなかの自力の善なり。この自力の行人は、来迎をまたずしては、辺地・胎生・懈慢界までも生るべからず。このゆゑに第十九の誓願に、「もろもろの善をして浄土に回向して往生せんとねがふ人の臨終には、われ現じて迎へん」と誓ひたまへり。臨終まつことと来迎往生といふことは、この定心・散心の行者のいふことなり。

 選択本願は有念にあらず、無念にあらず。有念はすなはち色形をおもふにつきていふことなり。無念といふは、形をこころにかけず、色をこころにおもはずして、念もなきをいふなり。これみな聖道のをしへなり。聖道といふは、すでに仏に成りたまへる人の、われらがこころをすすめんがために、仏心宗・真言宗・法華宗・華厳宗・三論宗等の大乗至極の教なり。仏心宗といふは、この世にひろまる禅宗これなり。また法相宗・成実宗・倶舎宗等の権教、小乗等の教なり。これみな聖道門なり。権教といふは、すなはちすでに仏に成りたまへる仏・菩薩の、かりにさまざまの形をあらはしてすすめたまふがゆゑに権といふなり。

 浄土宗にまた有念あり、無念あり。有念は散善の義、無念は定善の義なり。

浄土の無念は聖道の無念には似ず、またこの聖道の無念のなかにまた有念あり、よくよくとふべし。

 浄土宗のなかに真あり、仮あり。真といふは選択本願なり、仮といふは定散二善なり。選択本願は浄土真宗なり、定散二善は方便仮門なり。浄土真宗は大乗のなかの至極なり。方便仮門のなかにまた大小・権実の教あり。

このようにも書かれてあります。真仮廃立が徹底されていれば、19願に迷うことはなかったのです。

最近、高森会長の邪義が明らかにされましたが、それに対してだんまりを決め込んでいるようです。

『顕正』のはしがきには、

ただ悲しむべきことは、このような書面が世間に流布せられ、現に多くの道俗が雷同しているのに私個人の満足のみで黙殺すれば、何も知らない人達は、「高森は、こんなことを布教しているのか。異安心と言われるのは当然だ」と思うだろうし、御縁の浅い同行は危惧動揺するであろう。それでは如来聖人に対して申し訳がない。破邪せずしては顕正は出来ない。この際、私は、非難攻撃に答えると同時に私の真意を鮮明にすべき責任がある。生死の問題は戯事ではない。

と書いていますが、今は全くの腑抜けといいましょうか、敵前逃亡です。多くの会員が雷同していても、反論しようとしない。いや反論できないのです。私も教義上の疑問を上司にぶつけても無視されて退会したのです。

所詮はその程度の教えでしかなかったのです。邪教と罵ってきた宗教を信じている人と同じであったと猛省しております。

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2010年1月28日 (木)

聞名

先日、本願寺別院にて布教師の話を聞いてきました。

『歎異鈔』を通してのお話でしたが、どうすれば信心が頂けるのかということについて、

聞名

といわれました。名号を聞く、ということです。名号のいわれを聞いて、自分の力は何も間に合わなかったと知らされ、すべて阿弥陀仏のお力によって往生一定の身にして下された、と信知することと話をされました。

聞というは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて、疑心有ること無し、これを聞というなり。

親鸞聖人のお言葉を出されて、自分が聞いたことで助かるのではない、聞いたことも称えた念仏も何1つ間に合わないと聞いて、信心を頂くのです、と説明されました。

誠に尊いお話でありました。

本願寺では、念仏を称えていれば、死んだら極楽、ということしか説法で言わないと高森会長から吹き込まれていましたが、大嘘でした。

そういえば、「親鸞会教義の誤り」の中で、1月15日号の顕正新聞の大喝に

諸行往生とは”善をすれば助かる”という善慧房の主張である。

と書かれてあるとありましたが、親鸞会のアニメでも高森会長の説法でも、善慧房の主張とは、

念仏さえ称えていたら、死んだら極楽に生れる

ということである聞いてきましたが、いつから”善をすれば助かる”というように内容が変わったのでしょうか。少なくとも私は20数年、高森会長から話を聞いてきましたが、そんなことは一度も聞いたことがありませんでした。

「親鸞会教義の誤り」等のブログで、散々に、親鸞会は諸行往生だ、と非難されてきたのですから、ついつい感情的になって過去を忘れてしまったのでしょう。高森会長らしいです。

ちなみに、親鸞会は諸行往生と非難はしていますが、誰も本気で諸行往生を求めている団体だとは思っていません。聖道仏教、諸行往生の真似事をした外道と認識しています。

感情丸出しで、後先考えられない高森会長ですから、方針だけでなく、教えも時代によって変わります。30年、40年どころか万劫の間親鸞会で求めても救われませんよ。

だって聞名になっていないのですから。

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2010年1月27日 (水)

罪の軽ろき重きをも沙汰せず

親鸞会で長年求めていながら、なぜ信心決定する人が現れないのか。会長の身内も、華光会時代に母親が信心決定したと言われているだけで、他の人は未信。次期会長の長男でさえも、以前に今年こそ信心決定しますと皆の前で決意発表をしながら、未だに信心決定したという報告を聞いたこともない。それどころか、「機相と信相」という真宗史上誰も言ったことのない親鸞聖人のイロハのプリントが配られたりして、長男の未信を隠すのに必死になる程です。上層幹部も信心決定していないとしか聞いたことがありません。

親鸞会の間違いはどこかというよりも、正しいところがどこかを探す方が難しいのですが、信心決定の障碍になっているのは、罪悪を問い詰めることばかりに目を向けていることにあると思います。

親鸞会の教義を鋭く批判して、私も大変お世話になった「苦笑の独り言」に、そのことが明快に説明されています。

「ただ心の善悪をもかえりみず、罪の軽ろき重きをも沙汰せず」「心に往生せんと思いて、口に南無阿彌陀佛と称えては、 声につきて決定往生の思をなすべし」「決定心によりて、すなわち往生の業はさだまるなり」by.法然上人←「二種深信の機の深信」と「罪悪観」とを混同してる人は、これを読んで勉強してね。(4)
今日は、超重要やで!!絶対読んでや!!
 ↓ ↓ ↓
ただ心の善悪をもかえりみず、罪の軽ろき重きをも沙汰せず、
心に往生せんと思いて、口に南無阿彌陀佛と称えては、
声につきて決定往生の思をなすべし。

その決定心によりて、すなわち往生の業はさだまるなり。
かく心えねば、往生は不定なり。

by.法然上人(『勅伝』巻二十二、「御消息」昭法全p.581)

(訳)
ひたすら自らの心が善いか悪いかを問題にせず、
自らが犯してきた罪が軽いか悪いかを論じ定めることをせず、
心では「極楽浄土に往生したい」と思い、口では「南無阿弥陀仏」とお称えして、
そのお念仏の一声ごとに、「間違いなく往生する」(決定往生)という思いを起こしなさい。

その決定心によって、まさしく往生するための行いが定まる。
そのように心得なければ、極楽浄土に往生できるかどうかは定まらない。

 ↑ ↑ ↑
親鸞聖人の師匠の法然上人が、

「ただ心の善悪をもかえりみず、罪の軽ろき重きをも沙汰せず」

と言ってはります。

そんでもって、私達がすべきことが、

「心に往生せんと思いて、口に南無阿彌陀佛と称えては、
 声につきて決定往生の思をなすべし。 」

であると「ビシッ!」っと教えてくださっております。

「決定心によりて、すなわち往生の業はさだまるなり」
  ↑
これが、ほんまにめちゃめちゃ大事なのよん。
親●会関係者諸君は、わかってますか?(苦笑)

「信疑決判」とセットで覚えておいてね。

今日は法然上人のおかげで、親●会の人が、どんだけ頑張っても、
「往生不定」(往生できるかどうかは定まらない)な原因が、
鮮やかにわかりましたね。

本当によかったですね(笑)。

これまで 私が書いてきたことにも関連することです。

善知識の教えられることを素直に聞いて、早く救われてください。

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2010年1月26日 (火)

我々の実機

我々の実機、機の深信について、親鸞会では、「いままでも、いまも、いまからも、救われることの絶対にない極悪最下の私であった、とハッキリ知らされた」こととしていますが、これは間違いです。
このことについては、
「21世紀の浄土真宗を考える会」DABADA ならいいけど DAMEDA こりゃ
にたとえを用いて非常に判りやすく説明されています。

A いままでも、いまも、いまからも、救われることの絶対にない極悪最下の私であった、とハッキリ知らされた
B いままでも、いまも、いまからも、極悪最下の絶対に救われることのない私であった、とハッキリ知らされた

この2つの文章の違いについて説明します。
共通部分(“いままでも、いまも、いまからも”と“であった、とハッキリ知らされた”)を省き、違う部分だけを抽出します。
A’ 救われることの絶対にない極悪最下の私
B’ 極悪最下の絶対に救われることのない私
この2つのフレーズの違いをたとえます。

「救われることの絶対にない」-日本からアメリカまで自分で泳いで行けない
「極悪最下」-カナヅチ

これを挿入します。

A’’ 日本からアメリカまで自分で泳いで行けないカナヅチの私
B’’ カナヅチで日本からアメリカまで自分で泳いでいけない私

この2つの違いは分かりますでしょうか。

A’’は私はカナヅチであることを示しています。
B’’は日本からアメリカまで自分で泳いで行けないことを示しています。カナヅチであることはその理由です。

ですから、もっと縮めれば

A’’’ カナヅチの私
B’’’ 日本からアメリカまで自分で泳いで行けない私

となります。
A’’’とB’’’は明らかに違いますね。

さてここでアメリカまで自分で泳いで行けないのはカナヅチの人だけでしょうか。
アメリカという国がどこにあるのか知っている人は、カナヅチかどうか関係なく、泳いで行けないことは分かりますので、泳いで行こうとはしません。
故古橋廣之進氏や入江陵介さん、北島康介さんのような泳ぎの上手な人から、普通に泳げる人、カナヅチの人、歩行さえ困難な人、寝たきりの人、意識の無い人まで、泳いで行ける人はいません。
では、日本からアメリカまで泳いで行こうと思っている人はどんな人かというと、
①アメリカがどこにあるか知らない人
②アメリカがどこにあるか知ってはいるが、飛行機や船などの手段があることを知らない人
③アメリカがどこにあるか知ってはいるし、飛行機や船などの手段があることも一応は知っているが、飛行機や船に乗るには、まずある程度泳いで、死にかけないと乗ることができないと思っている人。
などではないでしょうか。
現実的には②はほとんど考えられませんが、これはたとえですので御了承下さい。
また、③の場合はやっかいですね。

ここで元の文章のAとBをもう一度読めば、「極悪最下」ということと「絶対に救われることのない」こととは無関係ではないけれども、違うことを表していると分かるのではないでしょうか。

ところで

①自分はアメリカがどこにあるのか知っていながら、カナヅチほどではなくても泳ぎが苦手な人に「泳げ、泳いでみて泳げないと分かったら別の方法を教えてやろう」と言う人がいれば・・・
→この人は無慈悲な人です

②アメリカがどこにあるのか知っているから、とても泳ぎ着くこともできないと分かっているが、①の人が「泳げ、泳げ」と言うから泳いでいる人は・・・
→この人は可哀そうですとも言えますが、アメリカまで行く気のない人とも言えます。本当に行きたい気持ちがあれば、別の手段を探すでしょう。

なお、機の深信を説明する文章として「絶対に救われることのない」は誤解を招きますのであまりよくないでしょう。
取り上げたのは、違いを示すためだけです。
「生死を出離することのできるものを全く持っていない」
などとした方がよろしいと思います。

参考までに『教学聖典(2)』の問24をみてみましょう。


 我々の実機を七高僧は何と言われているか示せ。

 龍樹菩薩──寧(にんべんをつける)弱怯劣
 天親菩薩──普共諸衆生
 曇鸞大師──造罪の人
 道綽禅師──若し悪を造ることを論ずれば
       何ぞ暴風駛雨に異ならん
 善導大師──機の深信
 源信僧都──予が如き頑魯の者
 法然上人──愚痴の法然房・十悪の法然

七高僧のお言葉から、我々が極悪最下の者とか、逆謗の必堕無間の者という意味にはなりません。近藤さんのたとえでいえば、アメリカまでは泳げない人ということです。龍樹菩薩のような方にももちろん機の深信がありました。龍樹菩薩ならば、普通の人とは桁違いの距離を泳げる方といえるでしょうが、アメリカまではとても泳ぎ切れないということであって、それをカナヅチとはいいません。
また法然上人は御自身のことを、愚痴と十悪と仰っていますが、極悪最下という逆謗らしき意味のことを全く仰っていません。『往生大要鈔』には、

われら罪業重しと云へども、いまだ五逆をばつくらず。

というお言葉からも明らかです。親鸞聖人が同行に読むように勧められた聖覚法印の『唯信鈔』にも同様のことが書かれてあります。

もしすべての人が例外なく極悪最下で必堕無間の者と知らされなければ救われないのならば、七高僧方や聖覚法印は異安心ということになります。それとも例外はあるのでしょうか?

謗法罪と五逆罪については、
「親鸞会教義の誤り」一切衆生は必堕無間なのか
の中に詳しく説明がなされていますので、お時間のある方は、そちらを読まれることをお勧めします。

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2010年1月25日 (月)

韋提希と阿闍世

「親鸞会教義の誤り」一切衆生は必堕無間なのか4の中で、阿闍世の回心について解説されています。

空の思想が混じっていたりして、非常に難解な部分ですが、釈尊は五逆罪を犯した阿闍世に対して「地獄に堕ちる罪ではない」と仰っています。親鸞会とは正反対の説き方をされていることに驚きます。

親鸞会では、どんな些細なことであっても、それは謗法罪、五逆罪といって、無理やり「必堕無間」という結論を押しつけます。いわゆる”因縁をつけられた”ようなものです。

釈尊の阿闍世へのお言葉には、そのようなところは全くありません。必堕無間に脅えているから、敢て励まされたという見方もできます。

では韋提希に対してはどうでしたでしょうか。罪の意識のない韋提希に、「お前は罪悪深重で、必堕無間だぞ」とは仰っていません。反対に、阿弥陀仏の浄土を見せられて、韋提希に阿弥陀仏の浄土に往きたいという願いをおこさせています。

釈尊は機責めをされていません。以前に紹介した法然上人も、過剰な罪悪で苦しむ人々に対して、

五逆十悪の重き罪造りたる悪人なお十声一声の念仏によりて往生しそうらわんに、
まして罪造らせおわします御事は何事かそうろうべき。
たといそうろうべきにても幾程の事かはそうろうべき。
この『経』に説かれてそうろう罪人にはいい比ぶべくやはそうろう。

と仰っています。経典に説かれれているような罪人と比べたならば、大した罪を造っていないではないかと励ましておられます。

親鸞聖人も同様です。

「親鸞会教義の誤り」一切衆生は必堕無間なのか1に書かれてあるとおり、

この信心を獲得せずは、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり。(二帖目第二通)

も邪義、異安心の人に対するお言葉と解釈すれば、蓮如上人も、同行に対して過大な罪悪観を押しつけられている箇所はありません。

浄土仏教とは、浄土を欣い慕わせることから始まるといえるのではないでしょうか。

本当の善知識とは、そのような説き方をされる方と思っております。

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2010年1月24日 (日)

化土往生

「親鸞会教義の誤り」には、化土往生について書かれています。

『大無量寿経』や『三経浄土往生文類』を引用されて、化土往生する人のことを解説されています。

このことから人間死んだらどうなるかを大まかにまとめたものが某巨大掲示板に書かれてありました。

浄土仏教で教えられる次生を大まかにまとめると、

他力念仏───報土往生
自力念仏───化土往生
自力修善───化土往生
       └─六道輪廻
一般の人───六道輪廻
念仏誹謗───必堕無間地獄

ということですかね。
親鸞会の人は自力修善ですから、六道輪廻で、化土往生の人もある。

ですから、一切衆生必堕無間という方向性で考えると、化土往生でいいやという思いになってしまいます。親鸞聖人は同行に対して地獄に堕ちるということを仰ったところもありません。そして化土往生については繰り返し繰り返し戒められ、報土往生を願いなさいと仰っています。蓮如上人が、化土往生について言及されていないのは、化土往生で満足してしまう人が出てくることを懸念されてのことではないかと、個人的には思っております。

ここで思い出されるのは、龍樹菩薩の『菩提資糧論』にあるお言葉です。

もし声聞地、および辟支仏地に堕するは、これを菩薩の死と名づく。すなはち一切の利を失す。 もし地獄に堕するも、かくのごとき畏れを生ぜず。 もし二乗地に堕すれば、すなはち大怖畏となす。地獄のなかに堕するも、仏に至ることを得。 もし二乗地に堕すれば、畢竟じて仏道を遮す。

これは小乗のさとりに満足するようなら、地獄に堕ちる方がましだ、地獄に堕ちてもやがては仏になることはできるが、小乗のさとりに満足したのでは仏になる望みを断たれてしまう、ということです。

もちろん龍樹菩薩の仰っていることは化土往生のことではありませんが、私には同じように感じられるのです。親鸞聖人の教えを求めるものは、報土往生以外を考えるべきではないので、必堕無間と殊更に不安を煽ることは、後ろを向かせたまま西に進ませようとしているのではないかと思うのですが、如何なものでしょうか。

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2010年1月23日 (土)

後生の一大事

親鸞会でも、また他の団体でも、後生の一大事という意味を死んだら必堕無間という意味で使っていますが、これもおかしなものです。

「親鸞会教義の誤り」に掲載されている紅楳英顕師の『派外からの異説について』にもその誤りが30年近く前に指摘されています。

他のブログでも、このことについて取り上げられていますが、最も明快な解説がなされているのが「安心問答」の後生の一大事について思うことです。以下に抜粋します。

「親鸞会でいう後生の一大事」は、上記にあるように「死後、ながく地獄におちること」であり、これが前提ですから、その解決は限りなく可能性が低いということで語られます。

99.99999%の確率で、地獄に堕ち、0.00001%の確率で阿弥陀仏に救われるという理解です。

そのため、「阿弥陀仏に救われることがあれば、それこそ一大事だ!」という考え方になります。そこから転じて、阿弥陀仏に救われる時には「なにかすごいことが起きるのだろう」と考える方も多くおられます。

どうしてこのような理解になるのかといいますと、阿弥陀仏の本願が抜けているからです。

阿弥陀仏の本願は、ただ今救う本願であり、どんな人も報土往生させ仏のさとりをひらく身にしてみせるという阿弥陀仏の願いです。

その阿弥陀仏の本願力からいえば、助からない人は一人もありません。

法から言えば、100%救われます。地獄には堕ちることは確率的にありえません。阿弥陀仏に救われた人の中で0.0001%でも報土往生できない人はいません。

私たちの機からいえば、報土往生をするタネはなにもありませんので、自力での往生極楽は0%です。確率でいうなら100%極楽往生できません。

その100%救う本願があるのに、無常が先に来てしまったら、阿弥陀仏でも救うことはできませんので、「一大事」といわれるのです。

絶対助かるのに、万が一にも助からないということがあれば一大事だという阿弥陀仏の御心なのです。

私の味わい(昨日私が書いた内容)とあわせて、感慨深くこれを読んだものでした。

一切衆生必堕無間という方向で仏教を聞くことは、親鸞聖人の精神から外れたものと思う次第です。

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2010年1月22日 (金)

必堕無間について

親鸞会教義の誤り」には、一切衆生必堕無間が、釈尊の教説でもなければ、七高僧、親鸞聖人、蓮如上人の教えでもないことが明らかにされています。

しかし、『歎異抄』の影響なのか、江戸宗学の影響なのか、真宗では必堕無間ということを盛んに説く団体や布教師が現在でもあることは確かです。

但し、脅迫的な説き方をするのは親鸞会だけです。

親鸞聖人の御著書を拝読すればわかりますが、親鸞聖人が地獄に堕ちると仰っているところは、念仏誹謗、邪義、異安心の人に限定されています。

同行に対しては、必堕無間どころか、自力念仏では化土往生にしか往けないから、他力念仏の身になりなさいと、至る所で仰っています。「親鸞会教義の誤り」にもその根拠は多数でていますが、それ以外の根拠を挙げれば、『末灯鈔』に

詮ずるところ、名号をとなふといふとも、他力本願を信ぜざらんは辺地に生るべし。本願他力をふかく信ぜんともがらは、なにごとにかは辺地の往生にて候ふべき。このやうをよくよく御こころえ候うて御念仏候ふべし。

と書いておられます。他力本願を信じていない人は地獄に堕ちるべし、とは書かれていません。化土に生れると仰っていることをよく知るべきでしょう。

私の味わいとしては、親鸞聖人の教えは欣求浄土という崇高な目的達成のためにあるのであって、厭離穢土という低い目的達成のためにあるのではないと思うのです。『愚禿鈔』には、

自利真実について、また二種あり。

一には厭離真実なり。
聖道門        難行道
竪出         自力
竪出とは難行道の教なり、厭離をもつて本とす、自力の心なるが
ゆゑなり。
二には欣求真実なり。
浄土門        易行道
横出         他力
横出とは易行道の教なり、欣求をもつて本とす、なにをもつての
ゆゑに、願力によりて生死を厭捨せしむるがゆゑなりと。

と書いておられます。横超は、横出よりも上ですから、親鸞聖人の教えを必堕無間から逃れるためのものと考えるのは、親鸞聖人の御心に反すると思うのです。もし必堕無間から逃れるためだけであれば、自力念仏を勧められて化土往生すれば、充分といえます。しかし、親鸞聖人は化土往生を厳しく戒めておられますから、必堕無間など論外と考えられるのですが如何でしょうか。

親鸞会を辞めてから、信心決定に向かうには、必堕無間に脅えているのはマイナスと思って私は聞き求めました。

他の方はわかりません。あくまで私の場合です。

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2010年1月21日 (木)

間違いを教えてくれたブログの内容4

様々なブログを読むことで、必堕無間の恐れと会長への畏敬の念が失せました。

そこで元講師の方や華光会や本願寺等で話を聞き求めたのですが、どうしても馴染めないところがありました。それが華光会です。なぜなら、せっかく必堕無間の呪縛から開放されたと思っていたところが、華光会では地獄を強調されるからです。法座では地獄の話はほとんどなくても、座談会では、「悪しかしていないんだから地獄しか行き場がないじゃないの」と華光会の人が口を揃えていわれるのです。親鸞聖人は地獄のことを教えておられなくとも、やっぱり地獄往きと思わなければ救われないのかとも考えたりしていました。

そんなとき「21世紀の浄土真宗を考える会」で二種深信について書かれてあるのを読んで、目から鱗が落ちるような感じがしました。以下に一部だけを紹介します。

機の深信についてのよくある間違いは、「自己の罪悪を掘り下げていき、徹し切ったところに、いわゆる機の深信が立ち、救いがある」といった類のものです。
簡単に言えば罪悪観と機の深信との混同です。
浄土真宗の異安心の歴史で言いますと、江戸時代、近江(滋賀県)の光常寺で起きた「地獄秘事」などはその典型です。

機の深信とは
煩悩具足・罪悪深重の私は、迷いの世界から出離するのに間に合うものは一つも持ってはおらず、過去も現在も未来も、生死流転から抜け出せる自分でない、と信知する。
となります。
機の深信とは極悪最下の者とすべての人が知らされることではありません。

「二つの正反対のことが一念同時に知らされる」という人がいますが、二種深信は二つの心ではなく一つの心であり、前後があるのでも、並んで起きるのでも、いずれか一方が他方の条件であるのでもありません。

二種深信は機法二種一具の深信であり、図示しますと
 機の深信=自力無功=捨自
 法の深信=他力全託=帰他

となります。
そして、初起の一念より臨終まで一貫します。

親鸞会でも華光会でも言われていることも同じでしたので、地獄一定と知らされることが機の深信と思い込んでおりましたが、それは罪悪観であり、機の深信とは違うことがこれを読んで判りました。

そんなこともあり、頭の中で華光会で言われている言葉を翻訳しながら聞いていたものですから、積極的に華光会の行事に参加する気持ちはそれほどありませんでした。

ただ、華光会でも罪悪観と機の深信の違いはしっかりと教えられているものの、教学を学ぶことを排斥する傾向にある同人には、この2つの区別がついていないのでしょう。

それは「真宗 と カウンセリング」というブログの二種深信 - 聞かない姿に書かれてある内容でも判ります。以下抜粋です。

今日は華光の京都支部法座。
増井悟朗師をお招きして、「二種深信」のお話をしていただいた。
このテーマは、3月にあった講習会で1泊2日で話されたテーマだったが、「最後のほうが時間が無かったのでぜひもう一度」という世話役さんの希望で実現した集まり。
世間の法座は良く知らないが、講師の先生にテーマを指定してお願いするって言うのは、そうそう無いんじゃないだろうか。
それが出来る華光のよさと、受けてくださる先生の深さが身に染みる。

「二種深信」の中身についてはここでは述べないが、その渦中で「二種深信」に対する異安心・邪義を話してくださった上で、もう一度そういう間違いを超えた領解を示してくださった気がする。

そのあとの質疑・座談で話す方の姿を通して、まさに今話していただいた「聞きそこね」ということを感じた。

「機の深信」をたずねいていく過程で、「まだ罪悪”感”がたりません、もっと深めないといけないのか」という人がよくいる。
自分で機を深めようとするのは、自力の所作で、「機法一具」ではない。
法に照らされるからこそ、自分で都合よく見つめる「罪悪」ではなく、本当に流転し続けている我が身の本当の姿がわかるというのに。

また、「地獄行きだという事がわかりました」とそれで一丁上がりだと喜ぶ人もよくいる。
確かに、罪悪観を突きつけられても「自分のこととは思えない」という人よりは一歩進んでいるようにも思える。
しかし、そんな軽い地獄行きで知ったつもりになっているのは、「なんのために、これほどまでの願を立てられたのか」というところも軽くしてしまい、「救うとおっしゃってるんだから、任せとけば大丈夫ですわ、わっはっは」と、阿弥陀様を尻にいしいて高上がりしている姿でしかない。

地獄一定という罪悪観を持たれている方なら、華光会の座談会に出られてもよいでしょうが、私のようにそこまでの罪悪観も懺悔もない人には、「あなたの後生は地獄しか行き場がないでしょう」といわれると、「それは親鸞聖人の教えと違う」という反発心が出てくると思いますので、座談会は出られない方がよいように思います。

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2010年1月20日 (水)

間違いを教えてくれたブログの内容3

「さよなら親鸞会」は、会長の本当の人格を教えてくれました。

会長といえば、今は会員からはるかかなたの人ですが、私が入会した頃は、法話会場ですれ違って、直接挨拶することも時々ありました。会長との距離感は、そんなになかったと思います。ところが、会員が増えるに従って、会長が遠くなりました。会長が天狗になってきたのではないかと思えることもありました。

その疑問に対する答えが、「さよなら親鸞会」の投稿にありました。

投稿:高森顕徹会長の人格(3)

高森顕徹会長の人格について、再び投稿です。

高森会長の専用の部屋や玄関、エレベータ、渡り廊下などは、過去にこのブログでも報じてきました。

まさに「そこら中に」高森会長の専用の施設が用意されていること。また、その施設の建築にあたっては「親身を削って布教一つにまい進しておられる御多忙の」高森会長が、異常ともいえるこだわりを持って細部にわたって注文をつけていること。そしてそれにどれほど多額の浄財がつぎ込まれているのか、学徒の皆さんは御存知なのでしょうか。

眺めが良くないといっては工事を何度もやり直させ、木が邪魔で立山が見えないといっては立派な樹木を聖地課に切らせる高森会長。皆さんも、その本当の姿を知って、自分が人生を預けていい人物なのかを判断してください。

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 高森会長は、会員さんのことを心に掛けて、早く信心決定してもらいたいと常に思い続けている、と聞かされ続けてきましたが、それは全くの嘘です。

 私は信心決定1つを目的に、長年親鸞会で求めてきました。「善知識には親しみ近付け」と親鸞聖人も教えられ、Y総務局長からは、「信心決定できるかどうかは、高森先生とどれだけ御縁をもてるかだ」と聞かされてきました。それで私は少しでも、高森会長に近付こうと常に心掛けてきました。講師部は高森会長との縁がかなりあると思い、講師部へ入りましたが、一般の講師部員は高森会長と直接話をすることは皆無です。会員さんとの違いは、講師部講義に参加できるということだけです。

 それでは「善知識に親しみ近付け」が実践できないと思い、高森会長と話のできる任務に自ら就きました。そのことで高森会長と直接話をすることができ、善知識に近付けたと喜んでいたものです。

 ところが、年々高森会長との距離が遠くなっていくのを感じました。お忙しいのだろうと思い込もうとしていましたが、実は高森会長の方から、接する人を限定するようになっていることに気が付いたのです。なぜ、一般の会員さんと親しく接しようとしないのだろうか、それどころか講師部員とさえ、話をしないのはどうしてだろうか、敢て」避けているように感じられるのだが、という疑問が段々大きくなってきたのです。

 その疑問が確信に変わったのは、正本堂の工事中でした。正本堂の工事中に、本館と顕真会館を結ぶ渡り廊下が造られているのに気が付き、そのことを工事関係者に尋ねたところ、高森会長専用の渡り廊下との答えでした。更に詳しく聞いてみると、設計時にはなかったが、高森会長が工事中に自分専用の渡り廊下を造るように指示したというのです。

 私は大変なショックを受けました。工事の費用はもちろん会員さんの御報謝ですのでそれも問題ですが、それ以上に、自分を特別視せよと指示していることが信じられませんでした。

 それからいろいろと調べてみると、全国の会館には、高森会長専用の玄関、エレベーター、寝室と応接室、秘書室がどこにも用意されていることがわかったのです。真生会病院でさえ、自分専用の玄関と病室、応接室があるのです。正本堂には、高森会長専用の巨大な厨房が2つあり、家族の部屋まで用意されていて、家族は休み時間はそこに籠もって一般会員さんと接するのを拒否しています。

 真生会の医師には、「君たちの使命は、地域の患者を看ることではなく、ワシの体を守ることだ」とか、「ワシが真生会は特専部の城だといったのを、自分達の城と思っているようだが、ワシの城だ、勘違いするな」といっていたことも後で知りました。

 親鸞聖人が、「御同朋、御同行」、「弟子一人ももたず」と仰っておられたことは、高森会長からも何百回も聞いてきましたが、自分はまるで反対のことをしており、しかも自らが指示して無二の善知識と崇め奉らせていたのです。

 善知識に親しみ近付けと教えながら、高森会長自身が会員さんから遠ざかっているのは、明らかに矛盾しています。つまりは、「皆々信心決定あれかしと朝夕思いはんべり」の気持ちなどさらさらないのです。ただ自分が特別な存在であることを認めさせたいだけなのです。

本館と祇園をつなぐ会長専用の渡り廊下が建設されていたとは、聞いたこともなく、その必要性を見いだすことは困難でした。会長の本心が見えてきた瞬間でした。

会長が高潔な人格であると擦り込まれていましたが、真っ赤な嘘であったのです。会長はただの俗人と判り、退会を考えた切っ掛けとなりました。

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2010年1月19日 (火)

間違いを教えてくれたブログの内容2

私の会員歴よりも長い講師部歴のSさんが書かれた「私の白道」を初めて読んだ時は、大変な衝撃を受けました。

衝撃的なことは幾つもありましたが、教えの面では三願転入についての記述で、その当時のことを思い出しました。

35周年とその直後の教学講義で三願転入について、突如話をし始め、三願転入は親鸞聖人の教えの根基といわれ、これまで聞いたことがなかった内容だったので、なぜ今までそんな大事な教えを隠していたのかと不審に思ったものでした。しかし、何か深い御心があるのだろうと不審を拭いさる努力を必至にしたものです。

関連部分を「私の白道」から抜粋しておきます。

・大沼氏の本を読んでいて思い出したことがある。

 先輩の親鸞会元講師に岐阜県の寺の出身者で龍谷大学卒業の佐藤講師がおられた。(退部後、交通事故で亡くなられたと聞いた)
 その佐藤講師から忘れられない話を30数年前に聞いた。
「僕は龍大へ行って親鸞聖人の教えを学んだけれど、今の本願寺では無帰命安心で駄目だと思ったよ。
 それで、本願寺が駄目なら、その本願寺に破門された人なら本当の方かもしれないと思って、当時本願寺と喧嘩していた大沼さんのところへ聞きに行った。
 大変な学者でもあり、話も真剣だったから聞いた。
 しかし、三願転入の話になり、真剣に求めている人は、信前の19願、20願の人だから信心決定していなくても皆、化土往生だといわれて驚いた。
 これでは、極楽は無理でも化土往生なら有難いと座ってしまい、求めようとする気にならない人も多くなる。
 聞いている人には、獲信してなくても後生の一大事がないことになる。これではあかんと思った。
 もうお一人、本願寺を非難している人が高森先生だった。
 本(会報)にも化土往生を言うものは正法の怨敵とあったので高森先生より聞かせて頂くことにした」

 ここまでは、随行文を聞いた方なら覚えておられるでしょう。
 そして話を続けて
「これは内緒だよ、誰にも言わんといてほしい。
 まさかと思うけど、高森先生の生きておられる時には、ありえんと思うけど、三願転入を言い出す者が現れて化土往生出来ると言う者が出て来ないとも限らん。
 お聖教上は、化土往生は説かれているからね。
 実は高森先生の話や、書かれたものに大沼さんの本からのものが多くて気になるんや。気になる。ここだけの話やよ」

 えーと驚いた。具体的にここが盗作とは聞かなかったが、当時はカチン、カチンに高森先生を信じていたから、絶対そんな心配はない、三重廃立しか話されていないからと思っていた。



○三願転入の説法始まる

・しかし平成5年の「親鸞会結成35周年大会」で遂に、三願転入の説法が開始されたのである。驚いた人はどれだけあったでしょうか。

「親鸞聖人の教行信証は三願転入が説かれている。
我々に19願、20願いらぬ、18願だけでいいと公然という学者もいるが、皆三願転入を根基として書かれている。御和讃もそうだ。十方衆生が選択の願海(18願)に救われるのは、19、20願通ってであり、通らねばアリ一匹救われぬ」
(平成18年4月30日教学講義にもそう言われた)


・佐藤講師の心配が的中してゆくのだろうか。

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2010年1月18日 (月)

間違いを教えてくれたブログの内容1

私が親鸞会の教えに疑問を持ち、正しい教えを求めていたときに読んで非常に心に残ったのが浄土宗の僧侶の方が書かれていた「清森問答」の親鸞会教義の相対化でした。

その中でも

「清森問答」親鸞会教義の相対化・10

は私にとっては衝撃的な内容でした。「一切衆生必堕無間」の教えに苦しんでいた私が、この中の法然上人の慈愛溢れる御言葉を読んで救われる思いがし、浄土宗に改宗しようと本気で思ったくらいでした。

読んだことのない方もあるかも知れませんので、少し長いですが、全文紹介します。

『教学聖典』(4)【問49】


「後生の一大事」とは、死後永く地獄で苦しむことであると明示された、蓮如上人のお言葉と、その根拠を示せ。

○後生という事は、ながき世まで地獄におつることなれば、いかにもいそぎ後生の一大事を思いとりて、弥陀の本願をたのみ、他力の信心を決定すべし。(帖外御文)



これは、蓮如上人の言葉なので、責任は蓮如上人にあるのかもしれませんが、
こういうことをあたかも「客観的事実」のように教えてしまうのは、
ものすごく配慮に欠ける行為だと思います。


 念仏の行者の存じ候ふべき様は、後世を畏れ、往生を願いて念仏すれば、
 終わるとき、必ず来迎せさせ給うよしを存じて、念仏申すより外の事候はず。

『勅伝』巻二十四、
「法性寺左京大夫の伯母なりける女房に遣はす御返事」(昭法全五八九頁)


というように、法然上人にも「後世」と言う言葉がありますが、
この場合は、今の命が終わって死後に生まれる世界、来世のことであって、
全ての人が地獄に堕ちるような意味ではありません。

もちろん、


 知らず地獄八熱の底にや、すみけん。
 恥ずるべし恥ずるべし、悲しむべし悲しむべし。
『勅伝』巻三十二、「登山状」(昭法全四一六頁)


と言う言葉はありますが、これは自分自身を内省した結果出てきた言葉であって、
それを他に当てはめて、恐怖を煽るような言葉ではないと思います。


 いづれの行もおよびがたき身なれば、
 とても地獄は一定すみかぞかし。
(『歎異抄』2章)


も、そういうコンテキストで理解すべきだと思います。


もちろん仏教では、輪廻・死後の世界を認めています。
「最初期の仏教は輪廻を認めていなかった」と主張する学者の方もいますが、
輪廻がないということは、死んだらそれでおしまいということになってしまって、
そうしたら最初期の仏教徒が、何から解脱するために
懸命に修行を行っていたかもわからなくなってしまいます。

インド思想の大きな流れからしても、
「兄弟宗教」とされるジャイナ教の教義からしても、
最初期の仏教が輪廻を認めていなかったというのはありえない話だと思います。

仏教経典でも最古層の韻文資料であるといわれている、
スッタニパータ(Sn.)の第四章や第五章でも、

「想いということを完全に知って、激流を渡るとよい。
 沈黙の聖者は、さまざまな所有物に汚されることなく、
 煩悩の矢を抜き去って、修行につとめ励んで、
 この世もかの世に対しても望まない」(Sn.779)

「両極端の中において、種々の生存に対しては、
 この世に対しても、また他の世に対しても、
 いまここで願うことがない」(Sn.801ab)

「愛し好むことが世にはびこったり、
 あるいは貪りが世にはびこったりすることは、
 欲望にもとづいて起こる。また、人が来世に関していだく希望と目的も、
 それにもとづいて起る」(Sn.865)

という表現が見られ、「この世もかの世に対しても」
「この世に対しても、他の世に対しても」「来世に関して」は、
いずれも輪廻そのものを表現する語句ではありませんが、
現世と来世という両世界が用いられている点から判断して、
輪廻という世界観を前提として表現であると考えることができます。

また、

「ピンギヤよ。それ故に、あなたは怠ることなくはげみ、
 再び迷いの生存にもどらないように、物質的存在を捨てよ」(Sn.1121cd)

「ピンギヤよ。それ故に、あなたは怠ることなくはげみ、
 再び迷いの生存にもどらないように、妄執を捨てよ」(Sn.1123cd)

という表現が見られ、どちらも再生することがないように戒めたものですが、
この「再生」という表現も、明らかに輪廻を想定できるものです。


さらに古層の韻文資料であるといわれている、
スッタニパータ(Sn.)の第一章から第三章には、

「全宇宙の生滅や生きる物の死して生まれる輪廻を考察し、
 塵から離れ、汚れなく、清浄で、二度と生まれを繰り返すことがなくなった人、
 その人こそがブッダといわれる」(Sn.517)

「この無明とは最大の無知であり、それによって永い間このように輪廻してきた。
 しかし、明知に至った生きとし生ける者は、再び迷いの生存に戻ることがない」
(Sn.730)

という「輪廻」という言葉そのものや、

「悪口を言いまた悪意を起こして聖者をそしる者は、
 10万ニラッブッダと36ニラッブッダの間、また5アッブッダの間、
 地獄に堕ちる」(Sn.660)

「正しい法に従って得た財をもって母と父を養え。
 正しい商売を行え。つとめ励んでこのように怠ることなく暮らしている在家者は、
 死後にみずから光を放つという天界に赴く」(Sn.404)

など、死後に赴く世界についても書かれています。

でも、それは全ての人が地獄に堕ちるということではありません。



善導大師の、

「自身は現に是れ、罪悪生死の凡夫、
 曠劫よりこのかた、常に没し、常に流転して、
 出離の縁有ること無し」

という言葉は、
信後に「深信因果」の深い内省でもって、
自分自身が罪悪深重の身であることを告白された言葉で、

現在の我が身を見た時に、「因果の道理」からいったら、
これから未来に渡っても
絶対に生死を出離することができないことを告白されていて、
【現在~未来】を見た場合は、
「このままでは生死を出離することができない!」という自覚となりますが、

【過去~現在】を見た場合は、過去世の業因による果報は、
現在まで生死を輪廻して凡夫として生まれた時点で受けていますので、
現在の在り方に、これ以上過去の業因が作用することはありません。

「善因楽果・悪因苦果」「自業自得」の業思想において、
悪業が苦を招くことはありますが、
苦果を受けたあと、その苦果が原因になって、
更なる苦を招くことは決してありません。

従って「深信因果」によって知らされることは、

●【過去】の悪因によって、
輪廻を繰り返し凡夫として生まれたという苦果を【現在】受けた。

●【現在】積み重ねている業が悪因となるので、
このままでは【未来】においては再び輪廻してしまうという苦果を受ける。

ということであって、それ以外の不条理に関しては、
決して過去の種蒔きというわけではなく、
個人ではどうしようもない、「悪縁」としか呼びようのないものの作用ということになるのではないかと思うのです。


過去の歴史において、仏教の業思想が、
現実の不条理に苦しんでいる人に、
「それは過去の悪業だ!」と言って、
更なる苦しみを与えた歴史が残念ながら存在しました。

この事実は、仏教者として真摯に受けとめて、
しっかりと反省していかないといけないと思うし、
そのことに対する批判は、
最終的に阿弥陀仏による無条件の救済を説く浄土門であっても、
避けることはできないと思います。


法然上人は深い懺悔の言葉を沢山残されておられますが、
同時にこういう問題に関しても、とても勇気付けられる
大切な言葉を残しておられるんです。

「正如房へ遣わす御文」において、

「五逆十悪の重き罪造りたる悪人なお十声一声の念仏によりて往生しそうらわんに、
まして罪造らせおわします御事は何事かそうろうべき。
たといそうろうべきにても幾程の事かはそうろうべき。
この『経』に説かれてそうろう罪人にはいい比ぶべくやはそうろう」

と述べおられるように、現実の不条理に苦しんでいる人に対して、

あなた方は自分が罪深い、罪深いと考えているが、
実際に何をしたというのか。
親を殺したのか、仏を傷つけたのか、
何もしていないではないか。
経典に述べられるような罪人と比べると、
大した罪など犯していないではないか。

というように過剰な罪業観に悩むことがないことを、
はっきりとお説きになっています。

さらに「十二問答」においては、

「かの三宝滅尽の時の念仏者と当時の御房達と比ぶれば、
当時の御坊達は仏のごとし」

というように、
末法万年後の人間と比べたならば
今のあなた方は仏のような存在である。

と語って、不当な罪意識から民衆の心を解き放っておられます。


だから私は、「因果の道理」というもは、
現在の種蒔きが未来に花開く根拠として説いていかなければなりませんが、
それでもって現在苦しんでいる人を裁き、更なる苦しみを与えることは、
決してあってはいけないと思います。

ですから上記のような蓮如上人の言葉は、
十分な配慮もなく「事実」のように軽々しく語ってはならないと思います。

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2010年1月17日 (日)

本当の親鸞学徒として

昨年、20数年に及ぶ親鸞会会員歴に幕を降ろしました。

会員のときは、親鸞会の幹部として必死になって活動し、我こそは親鸞学徒なりの誇りをもっておりましたが、ある切っ掛けで教義の誤りを知りました。

それからというもの、元講師の方、華光会、本願寺等多くの方々から親鸞聖人の教えを聞かせて頂き、自分でも親鸞聖人の御著書を拝読して、会長の教えていることが、ここまでデタラメばかりであったのかと呆れ果て、20数年、偽の親鸞学徒であったことにようやく気が付きました。

それから私の本当の求道が始まり、昨年末に本当の親鸞学徒とならせて頂きました。

親鸞会での道のりは、苦難の連続でした。命懸けとまではいわないまでも人生をかけた求道のつもりであり、おこがましくも、親鸞聖人の比叡山時代と重なって感じらます。そして間違った教えをきっぱり捨て去り、正しい教えに巡り遇えた喜びは、体験したものにしか味わえないでしょう。

現在では親鸞会時代とは全く違った人間関係を構築できた一方で、かつて苦楽を共にした仲間が未だ迷っているのをこのまま見過ごすことはできません。

微力ながらも、このブログを通じて大悲伝普化ができたらいいと思っています。

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