2020年1月28日 (火)

最近の親鸞会との法論9

論点をずらさせないようにするために、基本的なことを言っておきますと、互いの主張が

1.Aのみ
2.AでもBでもCでも良い
で議論すべきは、Aのみと限定された根拠があるかどうかです。BでもCでも良いという根拠を示すことがなくても、Aのみと限定された根拠がなければ2が正しいとなります。

某講師の反論はまさにこれが理解できず、

本尊が絵像でも木像でも良いと仰った根拠を出せ

と息巻いていましたが、名号のみという根拠がないことが根拠になるのです。
簡単な理屈です。
これを踏まえて今回のエントリーも見てください。

名号本尊の根拠として、最近の顕真などでは『改邪鈔』の

本尊なほもつて『観経』所説の十三定善の第八の像観より出でたる丈六八尺随機現の形像をば、祖師あながち御庶幾御依用にあらず。天親論主の礼拝門の論文、すなはち「帰命尽十方無礙光如来」をもつて真宗の御本尊とあがめましましき。

を使っています。そしてご丁寧に

※「あながちに」の正しい意味

古語辞典では、「否定文の副詞としての『あながちに』は、『決して、絶対に』の意味になる」と解説されている

と強調しています。

某講師も同様でしたが、これが嘘だということは辞書を調べれば一目瞭然です。
以下はネットでも見ることができるので、実際に調べてみてください。

『語源由来辞典』
あながちとは、下に打消しの語を伴い、断定しきれない気持ちを表す。必ずしも。一概に。まんざら。

『学研全訳古語辞典』
〔下に打消の語を伴って〕決して。必ずしも。むやみに。

『三省堂 大辞林』
(下に打ち消しの語を伴う) (1)一概に。まんざら。必ずしも。 (2)決して。むやみに。 (形動ナリ) (4)必ずしも。

『旺文社 古語辞典』
打ち消しの語を伴って「必ずしも・・・でない」の意を表わす

このようになっています。
大まかに言うと、「決してない」の意味と、「必ずしもそうではない」の二つの意味があります。
前者しかない、という親鸞会の主張は、辞書を調べるだけで簡単に崩れるのです。

親鸞会の主張は、この限定が多いので、限定の根拠がないこと、もしくは限定外の例を出したら、簡単に論破できるのです。ですから絵像木像の史実で本来は終わりなのですが、史実を認めないという訳の判らない理屈を言ってきましたので、聖教でも良いですよ、と余裕の議論をしたまでです。

あながちに」の意味の説明だけでも良いのですが、親鸞会のいつもの断章取義をここでも教えてあげました。

『改邪鈔』の該当箇所全文は

一 絵系図と号して、おなじく自義をたつる条、謂なき事。

 それ聖道・浄土の二門について生死出過の要旨をたくはふること、経論章疏の明証ありといへども、自見すればかならずあやまるところあるによりて、師伝口業をもつて最とす。これによりて意業にをさめて出要をあきらむること、諸宗のならひ勿論なり。いまの真宗においては、もつぱら自力をすてて他力に帰するをもつて宗の極致とするうへに、三業のなかには口業をもつて他力のむねをのぶるとき、意業の憶念帰命の一念おこれば、身業礼拝のために、渇仰のあまり瞻仰のために、絵像・木像の本尊をあるいは彫刻しあるいは画図す。しかのみならず、仏法示誨の恩徳を恋慕し仰崇せんがために、三国伝来の祖師・先徳の尊像を図絵し安置すること、これまたつねのことなり。その ほかは祖師聖人(親鸞)の御遺訓として、たとひ念仏修行の号ありといふとも、「道俗男女の形体を面々各々図絵して所持せよ」といふ御掟、いまだきかざるところなり。

しかるにいま祖師・先徳のをしへにあらざる自義をもつて諸人の形体を安置の条、これ渇仰のためか、これ恋慕のためか、不審なきにあらざるものなり。本尊なほもつて『観経』所説の十三定善の第八の像観より出でたる丈六八尺随機現の形像をば、祖師あながち御庶幾御依用にあらず。天親論主の礼拝門の論文、すなはち「帰命尽十方無礙光如来」をもつて真宗の御本尊とあがめましましき。いはんやその余の人形において、あにかきあがめましますべしや。末学自己の義すみやかにこれを停止すべし。

です。タイトルにもありますように「絵系図」についての邪義を説明されたところです。
予備知識として絵系図とは、これもネットで調べられますが、以下紹介しておきます。

『精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典』

浄土真宗の一派で用いた絵図。阿彌陀如来の名号「南無不可思議光如来」を中心に、祖師先徳等の像、また、一般信者の姿もえがいて相承の系譜を示したもの。光明本尊と名帳の影響を受けたもので、覚如はこれを邪義としたが、仏光寺系では長く用いられた。
※改邪鈔(1337頃)「絵系図と号して、おなじく自義をたつる条、謂なき事」

これを基にして読まれれば良いと思いますが、内容を簡単に説明すると、親鸞聖人の御遺訓として、

たとひ念仏修行の号ありといふとも、「道俗男女の形体を面々各々図絵して所持せよ」といふ御掟、いまだきかざるところなり。

とは仰っていますが、「阿弥陀仏の木像絵像を本尊としてはならない」という御遺訓は書かれていません。
しかも「絵像・木像の本尊をあるいは彫刻しあるいは画図す」と「三国伝来の祖師・先徳の尊像を図絵し安置すること、これまたつねのことなり。」と、阿弥陀仏そして祖師・先徳のお姿を絵像や木像にすることは一般的なことであって、それを否定されてはいません。そのあとの「道俗男女の形体を面々各々図絵して所持せよ」に対してのみ「祖師・先徳のをしへにあらざる自義をもつて諸人の形体を安置の条」と仰っているので、木像絵像を本尊とすることと、祖師方の尊像を図絵し安置することは「祖師・先徳のをしへ」であることになります。

このように某講師に説明したら、それでこの件は終わりました。あっけないものです。

参考までに石田瑞磨著『親鸞全集』の現代語訳を示しておきます。

いまの真宗においては、もっぱら地力を捨てて、すべて他力に帰結することをもって、教えの極致とするが、その上でさらに、身に行い、口に言い、心に想い、まことを捧げる真実の信心がおこるから、身には仏を礼拝するために、渇仰の心をもって仰ぎ見るための絵像や木像を絵に画き、あるいは彫刻する。そればかりでなく、仏法を説き聞かせられたご恩を恋い慕い、崇め仰ぐために、インド・シナ・日本と〔浄土の教を〕伝来された祖師・先徳の尊いお姿を絵に画いて安置することも、これまた一般のことである。しかしこのほかに、たといそれが念仏修行のためであるとしても、祖師親鸞聖人が残しおかれたお訓しとして、「出家・在家の男女がそれぞれ、ひとりひとりの姿を画いて所持せよ」という掟があるとは、まだ聞いたことがない。ところがいま、祖師や先徳の教えに見られない自説によって、それぞれの像を安置するということは、これは渇仰のためか、恋慕のためか、不審なくすごすことはできない。
本尊でさえも、『観無量寿経』が説く十三種の仏を観想する方法のうち、第八の像観にもとづいて、〔礼拝する}ひとの能力にかなうように一丈六尺や八尺の仏像{がつくられたが、これ}さえ祖師は強いてみずから望んでお用いになってはいない。〔むしろ}『浄土論』を著わされた世親が、礼拝について述べられた言葉、すなわち「帰命尽十方無碍光如来」という言葉をもって、真宗のご本尊とあがめられたのである。まして、これ以外の人の姿を、どうして画き、崇められるわけがありうか。学問の末に連なるものがたてた自分の一個の説は、すみやかに停めなければならない。

| | コメント (0)

2020年1月26日 (日)

最近の親鸞会との法論8

親鸞会が名号本尊の根拠として最初に出すのが、『御一代記聞書』の

他流には、「名号より絵像、絵像よりは木像」と、云うなり。当流には、「木像よりは絵像、絵像よりは名号」と、いうなり。

です。

蓮如上人が名号本尊を強調されているではないか!

と言ってきますが、本当にそうなのかです。
『御一代記聞書』の読み方については「親鸞会教義の誤り」でまとめられている通りですが、書かれてある内容を大別すると

1.蓮如上人の直のお言葉
2.蓮如上人のお言葉の聞き書き
3.実如上人、法敬、道宗等の言葉
4.著者もしくは発言者不明の言葉

になります。
1は、『御文章』をそのまま引用されているもので、間違いなく蓮如上人のお言葉と言えます。
2は、蓮如上人のお言葉を聞いた人が、記憶に任せて書き記したものですので、聞き間違いがあるかもしれませんが、蓮如上人の仰ったこととしての信憑性はあると言えます。ここに当てはまるのは、蓮如上人が仰った、と書かれてある場合です。言葉を語られた主語が「蓮如上人」「前々住上人」となっている、もしくは「仰せられ候」等の尊敬語があることで判別できます。
3は、主語が蓮如上人以外の名前である場合ですので、明らかに蓮如上人のお言葉ではありません。
4は、主語がない、そして尊敬語もない、言いっ放しの文章です。これは1でも2でも3でもないことが普通に判る話です。
中学校の国語レベルの問題です。

では

他流には、「名号より絵像、絵像よりは木像」と、云うなり。当流には、「木像よりは絵像、絵像よりは名号」と、いうなり。

はどれに当たるのか考えてみましょう。

発言者の名前がなく、「仰せられ候」とも書かれてありませんので、答えとしては4に当たります。つまり、蓮如上人のお言葉という根拠にはなりません。もしこれが蓮如上人のお言葉であると主張するのであれば、その理由を他の蓮如上人のお言葉で補うしかありませんが、これが唯一の蓮如上人のお言葉ですから、それを指摘したら、某講師は反論できませんでした。

なお、親鸞会でも知っている『御一代記聞書』の

前々住上人の御時、あまた御流にそむき候ふ本尊以下、御風呂のたびごとに焼かせられ候ふ。

は、何が「御流にそむき候ふ本尊」であるかは書かれていませんが、蓮如上人が本願寺を継がれた際には、本願寺は、天台宗の有力寺院である青蓮院の単なる一末寺でしかありませんでした。天台宗の一末寺ですから、天台宗の本尊も本願寺にあったので、「御流にそむき候ふ本尊」とは天台宗の本尊のことと言われています。

史実では、蓮如上人は木像本尊、絵像本尊にされているので、木像と絵像を焼かれたという発想は、流石に親鸞会でもできないようです。

ということで、名号本尊最大の根拠を親鸞会は失いました。

| | コメント (0)

2020年1月22日 (水)

最近の親鸞会との法論7

親鸞会が声高に主張していることで、これまで当ブログで話題にしてこなかったものに、本尊論があります。なぜ取り上げなかったのかといいますと、根拠がないからです。親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人も、名号のみを本尊とせよ、と仰った聖教上の根拠もないし、絵像・木像でも良い、と仰った聖教上の根拠もありません。つまり、親鸞会と法論して、白黒ハッキリ付けられるものではないので、敢えて話題にしてきませんでした。

それで気を大きくしたのか、自信満々に、

浄土真宗の正しい本尊は名号だ、それを実践しているのは親鸞会だけだ

と宣伝しまくっています。

そして、このことで某講師と法論になりました。

親鸞会の言ってくることは、30年以上前に本願寺との本尊論の法論で言った以上のことはありませんので、親鸞会の言っている根拠を一つ一つ潰していけば、根拠のないことが明確になります。

しかしながら、結論は30年以上前にすでに出ていますので、ほとんどは以下を詳しく説明するだけでした。

山田行雄著『真宗の本尊について』

この論文を示した上で、最初の導入として

本尊のまとめ

A)教えとして
1.七高僧は名号本尊とせよとは仰っていない。
2.親鸞聖人は名号本尊とせよとは仰っていない。
3.覚如上人は名号本尊とせよとは仰っていない。
4.蓮如上人は名号本尊とせよとは仰っていない。

つまり、教えとして名号本尊でなければならないとはどこにもない。

B)史実として
1.七高僧は木像絵像を本尊とせられた。
2.親鸞聖人は木像絵像を本尊とせられた。
3.覚如上人は木像絵像を本尊とせられた。
4.蓮如上人は木像絵像を本尊とせられた。

と突き付けました。
山田師の論文の全体を読んだことがなかったので、動揺していましたが、これで某講師が引き下がることはなく、言ってきたことが、

どんな「史料」にどんな「史実」が書いてあっても、お聖教が物差しで、お聖教に反していたら「史実」は根拠にならない。

というものです。実は、これが後々自らの首を絞めることになりますので、覚えておいてください。
親鸞会が根拠とする書を列記しておくと
『改邪鈔』
『慕帰絵詞』
『弁述名体鈔』
『御一代記聞書』
です。

論破は簡単ですが、すべてのやりとりを紹介するとかなり長くなりますので、途中のまとめを以下としました。


【本尊について】

・親鸞聖人は、「名号のみを本尊とせよ」と仰ったお言葉はない。
・覚如上人は、「親鸞聖人が名号のみを本尊とせよと仰った」とも書かれていないし、御自身の見解としてそう仰った箇所がない。
・覚如上人は、『改邪鈔』で「親鸞聖人はあながち木像絵像を本尊とされなかった」と仰ってはいても、これが「親鸞聖人は決して木像絵像を本尊とされなかった」という意味に勝手に解釈しているだけで、その根拠が明示できない。
・『慕帰絵詞』では、「善鸞が名号のみを本尊としていた」とある史実に対して、「親鸞聖人も名号のみを本尊としていた」と推論しているだけで、その根拠がない。史実以下で、仮説でしかない。
・『慕帰絵詞』に、覚如上人が絵像本尊とされていた絵については、間違いだと断言されていますが、その根拠がないし、『慕帰絵詞』の絵を見た覚如上人のことをよく知る多くの人が異論を唱えていない。
・存覚上人は、『弁述名体鈔』で木像絵像本尊も認められている。
・蓮如上人は、『御文章』『正信偈大意』で、「名号のみを本尊とせよ」とも仰っていないし、「親鸞聖人が名号のみを本尊とせよと仰った」とも書かれていない。
・『御一代記聞書』で、主語もなく、尊敬語もない文章に対して、蓮如上人のお言葉という理由も推論の域を出ない。

※結論 「名号のみを本尊とせよ」という教え自体が存在せず、そうした事実すらないから、「名号のみを本尊とせよ」は妄想に過ぎない。

山田師の論文に加えたのが『慕帰絵詞』に描かれた覚如上人が絵像本尊にされている絵 と、「親鸞会教義の誤り」の1つのエントリーです。

これでも必死に抵抗してきましたので、そこについては、次回以降、紹介していきます。

| | コメント (0)

2020年1月18日 (土)

最近の親鸞会との法論6

『観無量寿経』に説かれた上品上生の機について、聖道門の諸師は、以下のような解釈をしていたと善導大師は『玄義分』に紹介されています。

上品上生の人は、これ四地より七地に至るこのかたの菩薩なり

これを善導大師は否定なされて仰ったのが、前回も紹介した

まさしくこれ仏世を去りたまひて後の大乗極善の上品の凡夫、日数少なしといへども、業をなす時は猛し

です。
上品上生の機は、四地から七地までの菩薩とする聖道門の諸師に対して、大乗極善の凡夫と善導大師は断言されました。もっと簡単に言うと、上品上生の機は菩薩ではなく凡夫だということです。

ここで前回紹介した『散善義』至誠心釈で善導大師が仰った

まさしくかの阿弥陀仏因中に菩薩の行を行じたまひし時、すなはち一念一刹那に至るまでも、三業の所修、みなこれ真実心のうちになしたまひ、おほよそ施為・趣求したまふところ、またみな真実なるによりてなり。

が何を意味しているかですが、阿弥陀仏の浄土に往くには、法蔵菩薩の真実心と同じ真実心なければならない、ということを考えてみますと、法蔵菩薩の真実心は、四地から七地までの菩薩なら自ら発すことはできるかもしれませんが、菩薩になれない凡夫が発すことは不可能です。上品上生の機は菩薩ではなく凡夫だと解釈された善導大師が、法蔵菩薩と同じ真実心を凡夫に発せと仰ったのかという疑問が出てきます。そこで別の解釈として、至誠心は阿弥陀仏から真実心を頂くこととすることもできます。

なお、この至誠心は、九品全部に共通する信心と善導大師はされていますので、尚更、自分で発す心ではあり得ません。

それで親鸞聖人はそのことを明確になされるために、善導大師の至誠心釈の読み替えをなされるのです。その一つが親鸞会でも有名な『愚禿鈔』の

外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、内に虚仮を懐ければなり。

です。善の勧めどころか、善の抑止とも採れる表現です。
それを元の『散善義』の

外に賢善精進の相を現じ、内に虚仮を懐くことを得ざれ。

が善の勧めであったなら、善導大師と親鸞聖人は正反対のことを仰ったことになります。
普通に考えたなら、そんなことはないと判断して、明らかに善の勧めではない親鸞聖人のお言葉を基に善導大師のお言葉を理解しようとするのでしょうが、高森顕徹会長の頭では、善導大師と親鸞聖人の教えられたことは反対でも平気なのです。尤も、最終的には親鸞聖人も善を勧められたとするのですから、高森会長の理屈は滅茶苦茶です。

思考が少しでも残っているなら、人並みの判断をして、高森会長の詭弁に気付き、思考停止の講師を見限ってもらいたいものです。

| | コメント (0)

2020年1月15日 (水)

最近の親鸞会との法論5

次に某講師が言ってきたことは、

「19願を勧められた善知識はおられない」と言うが、善導大師は「外に賢善精進の相を現じて、内に虚仮を懐くことを得ざれ。」(散善義)と仰っているではないか。

というものでした。
何でも、善の勧めだと勘違いしているのが親鸞会ですが、これもこの文の前後を読めば簡単に論破できます。

このお言葉は、『観無量寿経』の上品上生に説かれた三心である至誠心・深心・回向発願心の至誠心について、善導大師が解釈なされた一文です。

『散善義』の中では上品上生のことを

これすなはち大乗を修学する上善の凡夫人なり。

と解釈され、また『玄義分』では

まさしくこれ仏世を去りたまひて後の大乗極善の上品の凡夫、日数少なしといへども、業をなす時は猛し

とも仰っています。大乗仏教で教えられる善を行ずる最上の凡夫で、その日数は少ないけれども行業を修める時は非常に勇猛であるということです。

つまり、この「外に賢善精進の相を現じて、内に虚仮を懐くことを得ざれ。」の前提が、上品上生という「大乗極善の上品の凡夫」のことについてのお言葉であることを知れば、我々のような者と関係があるのかないのか、判りそうなものですが、上品上生のところで仰ったお言葉だとは、高森顕徹会長をはじめ、講師部員は知らないので、的外れなことを平気で言えるのです。

更には、善導大師が至誠心についての解釈をなされたところですので、至誠心の内容です。前後を紹介しますと、

一切衆生の身口意業所修の解行、かならずすべからく真実心のうちになすべきことを明かさんと欲す。外に賢善精進の相を現じ、内に虚仮を懐くことを得ざれ。貪瞋・邪偽・奸詐百端にして、悪性侵めがたく、事蛇蝎に同じきは、三業を起すといへども名づけて雑毒の善となし、また虚仮の行と名づく。 真実の業と名づけず。
もしかくのごとき安心・起行をなすものは、たとひ身心を苦励して、日夜十二時急に走り急になすこと、頭燃を救ふがごとくするものも、すべて雑毒の善と名づく。
この雑毒の行を回して、かの仏の浄土に生ずることを求めんと欲せば、これかならず不可なり。

です。
外に賢善精進の相を現じ」るのが、上品上生の機です。これ前提で、たとえ善をしていても、内が虚仮では、「雑毒の善となし、また虚仮の行と名づく。 真実の業と名づけず。」と仰っています。
更には、このような内が虚仮でする善では、「かの仏の浄土に生ずることを求めんと欲せば、これかならず不可なり。」と断言されています。「上善の凡夫人」「大乗極善の上品の凡夫」ではあっても、内が虚仮であっては、往生できないという善導大師の解釈です。
なぜ往生できないのかの理由が次にあります。

まさしくかの阿弥陀仏因中に菩薩の行を行じたまひし時、すなはち一念一刹那に至るまでも、三業の所修、みなこれ真実心のうちになしたまひ、おほよそ施為・趣求したまふところ、またみな真実なるによりてなり。

阿弥陀仏は法蔵菩薩の時に「真実心」で菩薩の行を行じられたのだから、法蔵菩薩と同じ「真実心」でなければ、阿弥陀仏の浄土に往くことはできないという理屈です。

簡単に言うと、難しい善のできる凡夫であっても、法蔵菩薩と同じ「真実心」で善を修しなければ往生できない、ということです。

ここまでくればお判りかと思いますが、「外に賢善精進の相を現じ、内に虚仮を懐くことを得ざれ。」は、善を勧められたお言葉ではなく、「真実心」を勧められたお言葉なのです。

上記ほど詳しい説明はしませんでしたが、「真実心」を勧められているのであって、19願を勧められたのでも、善を勧められたお言葉でもないと言ったら、それ以降は沈黙でした。

至誠心についてはもう少し説明しないと判らないと思いますので、次回に補足します。

| | コメント (0)

2020年1月 9日 (木)

最近の親鸞会との法論4

親鸞会でも有名な三願転入の文

ここをもつて愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る。善本徳本の真門に回入して、ひとへに難思往生の心を発しき。しかるに、いまことに方便の真門を出でて、選択の願海に転入せり。すみやかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓、まことに由あるかな。ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。

ですが、この意味を高森顕徹会長も親鸞会会員もよく判っていないようです。
三願転入の文で高森会長は19願の説明ばかりですが、ここのポイントは20願と18願です。
論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて」、19願を出て離れて、「善本徳本の真門」20願に入ったとされています。七高僧方の教えによって、19願から20願に「回入」されたのですから、七高僧方の教えられたことに20願があると親鸞聖人は見做されていたといえます。もとろん、そこから18願に転入するまでが七高僧方の教えですが、18願の前に七高僧方の導きで20願に入られたと親鸞聖人は仰っています。

ここで前回の話に戻りますが、19願から20願に入ったことがハッキリするのかどうかについて、この三願転入の文でも、親鸞聖人はハッキリしたと仰っているのです。

この三願転入の文で、親鸞聖人は本当はハッキリしないが20願に入られたと仰っただけというのが、親鸞会の解釈ですか?

このようにも問いましたが、親鸞会某講師からまったく返答はありませんでした。

ただし親鸞聖人の直接の師匠であった法然上人が親鸞聖人に対して直接20願に入ることを勧められたのではないと思われます。なぜなら、法然上人が20願について全くと言っていいほど言及されていないからです。

親鸞聖人が法然上人の法語を編纂された『西方指南抄』には

ただくちにて南無阿弥陀仏ととなえば、こゑにつきて決定往生のおもひをなすべし、決定心を、すなわち深心となづく。その信心を具しぬれば、決定して往生するなり。

とありますように、法然上人は自力でも念仏を称えることで信心を頂けるという教え方をされていましたので、それを20願果遂の誓いと親鸞聖人は味わわれて仰ったのではないかと思われます。

これは19願についても言えることで、親鸞聖人は19願をいつ実践されたのかという問題があります。法然上人のお弟子になられてから19願を実践されたことは考えられないですし、そうなるとその前の比叡山時代に天台浄土教で19願の実践はあり得ない話ではないですが、そこは記録がないので、何とも言えません。聖道門でのご修行を19願に置き換えられて仰ったという見方もできますが、『教行信証』化土巻の要門釈にある、

しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。
ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。

より、外道から聖道門、聖道門から19願という流れで、聖道門を断念した人の受け皿としての19願という親鸞聖人の解釈を御自身に準えて19願を通られたと告白されたのではなかろうかと思います。ここは解釈の分かれるところで、異論のある方もいらっしゃると思いますが、親鸞聖人が御自身の道程を仰っていないので、断定する根拠がありません。

いずれにしましても、三願転入につきましては、七高僧方は仰っていませんし、覚如上人も蓮如上人も仰っていない、歴史に名を残す妙好人も言われていない上に、親鸞聖人は『教行信証』の中でこそっと仰ったに過ぎないことですから、三願転入を殊更取り上げて、これこそが親鸞聖人の教えの根基だというのは、根本的におかしいでしょう。

親鸞会がというより高森会長が、私のことを非難するセリフを考えて、会員に伝えたことの1つに、

それでは三願転入ではなく二願転入だろう

というのがありますが、少なくとも19願を勧められた善知識方はおられないですから三願転入ではなく、自力の念仏から他力の念仏へと転入することについて教えられた善知識方の意図をくみ取るなら、二願転入と馬鹿にすること自体が馬鹿にされる非難といえます。

聖教を読んでいない高森会長と講師部員、会員が想像で物を言ってきたところで、何ら恐れることはありません。実際に某講師からの反論は1度だけで、こちらが再反論したら沈黙するほどの情けなさです。

| | コメント (13)

2020年1月 5日 (日)

最近の親鸞会との法論3

昨年の親鸞会との法論で、次に某講師が言ってきたことは

信前に善を捨てることができるのか、19願から20願に入ることがハッキリするのか、その根拠があるなら示せ

でした。

善を捨てるのは信一念の時だ

という妄想が親鸞会会員にはあります。高森顕徹会長がそれらしきことを言っているので、そう思うのも当然なことでしょう。私が会員だった時に、30年以上も幹部であった人達に

20願に入るは一瞬で、ほとんど同時に18願に入るのではないですか

という質問をしたところ、誰一人答えられませんでした。
20願がよく判っていないからでしょう。これは高森会長にも言えます。
高森会長は19願の説明はしても、20願の説明をまともにしたことがありません。20願の境地が判っていないからです。

19願と20願の違いについては、ハッキリしています。そのように私は当ブログで書いてきましたので、それを突いてきたのです。

これに対する返答の根拠は、『教行信証』化土巻の

『観経』に准知するに、この『経』にまた顕彰隠密の義あるべし。
顕といふは、経家は一切諸行の少善を嫌貶して、善本・徳本の真門を開示し、自利の一心を励まして難思の往生を勧む。

(現代語訳)

『観無量寿経』に準じて考えてみると、『阿弥陀経』にも顕彰隠密の義があると知られる。その顕についていうと、釈尊は、念仏以外のどのような善を修めてもわずかな功徳しか積めないとしてこれを退け、善本・徳本の真門を説き示し、自力の一心をおこすようにと励まされ、難思往生を勧めておられる。

と、『三経往生文類』の

弥陀経往生といふは、植諸徳本の誓願によりて不果遂者の真門にいり、善本徳本の名号を選びて万善諸行の少善をさしおく。

(現代語訳)

「弥陀経往生」 というのは、 植諸徳本の願 (第二十願) によって 「不果遂者」 と誓われた真門に入り、 あらゆる功徳をそなえた名号を選んで善根の少ないさまざまな行を捨てるのである。

です。
20願とは、「一切諸行の少善を嫌貶して」「万善諸行の少善をさしおく」のです。善を嫌い貶めて、捨てるのが20願の行者です。そして念仏1つになるのです。

19願と20願の差はハッキリしています。善に心が掛かっているか善を心から捨て去るかです。

この2つの根拠だけで親鸞会は全く反論できなくなりました。

実にもろいものです。

高森会長が三願転入した体験があるなら、20願の境地は当然判っていることになりますが、判っていません。したがって、高森会長は三願転入していないのでしょう。

三願について知らない高森会長の代わりに簡単にまとめておきます。

19願―諸善+自力信心
20願―念仏+自力信心
18願―念仏+他力信心

19願と20願の違いは明白です。ただし、19願にも念仏はありますが、諸善の1つとしての念仏です。教学聖典でも19願の念仏を、万行随一の念仏としていますが、その通りです。

なお、20願と18願の違いは信心が自力か他力かだけです。念仏は共通です。言い換えると、信前は自力の念仏で信後は他力の念仏です。通常はこうです。例外的に19願から直接18願、あるいは聖道門から直接18願、もしくは無宗教か他宗教から直接18願ということもないとは言いませんが、稀なケースでしょう。

もう一つ言うと、19願を通るのも稀なケースです。19願を通る人は聖道門から19願が大半ですので、親鸞聖人は19願は聖道門の人(正確には聖道門を断念した人)のための願と解釈なされているのです。

三願について知らない高森会長と親鸞会会員が三願転入について語ることは、滑稽と言わざるを得ません。

| | コメント (3)

2019年12月22日 (日)

最近の親鸞会との法論2

因果の道理について、親鸞聖人は『正像末和讃』誡疑讃にて次のように仰っています。

不了仏智のしるしには
 如来の諸智を疑惑して
 罪福信じ善本を
 たのめば辺地にとまるなり

罪福信ずる行者は
 仏智の不思議をうたがひて
 疑城胎宮にとどまれば
 三宝にはなれたてまつる

自力諸善のひとはみな
 仏智の不思議をうたがへば
 自業自得の道理にて
 七宝の獄にぞいりにける

など他にもありますが、「仏智の不思議をうたがふ」とは「罪福信ずる」こととされています。
罪福信ずる」とは「自業自得の道理」でもあり、自分に起きる禍福は自分に因があるというものです。
これと阿弥陀仏の救いとは相いれません。なぜなら、衆生が往生し成仏する果の因は、すべて阿弥陀仏の因であるからです。それ以外にはありません。
宿善を厚くして救われる、というような理屈ですと、それは衆生に因があることになります。

『教行信証』信巻に、

しかれば、もしは行、もしは信、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし。因なくして他の因のあるにはあらざるなりと、知るべし。

と仰っていますが、行も信も阿弥陀仏から回向されたもので、その阿弥陀仏から回向された行と信を因として往生成仏するのですから、阿弥陀仏の回向された行と信以外には因はないのです。

これは聖道門では考えられない道理になります。
それで覚如上人は『改邪鈔』に

もしいまの凡夫所犯の現因によりて当来の果を感ずべくんば、三悪道に堕在すべし。人中・天上の果報なほもつて五戒・十善まつたからずは、いかでか望みをかけんや。いかにいはんや、出過三界の無漏無生の報国・報土に生るる道理あるべからず。
しかりといへども、弥陀超世の大願、十悪・五逆・ 四重・謗法の機のためなれば、かの願力の強盛なるに、よこさまに超截せられたてまつりて、三途の苦因をながくたちて猛火洞燃の業果をとどめられたてまつること、おほきに因果の道理にそむけり。もし深信因果の機たるべくんば、植うるところの悪因のひかんところは悪果なるべければ、たとひ弥陀の本願を信ずといふとも、その願力はいたづらごとにて、念仏の衆生、三途に堕在すべきをや。もししかりといはば、弥陀五劫思惟の本願も、釈尊無虚妄の金言も、諸仏誠諦の証誠も、いたづらごとなるべきにや。おほよそ他力の一門においては、釈尊一代の説教にいまだその例なき通途の性相をはなれたる言語道断の不思議なりといふは、凡夫の報土に生るるといふをもつてなり。もし因果相順の理にまかせば、釈迦・弥陀・諸仏の御ほねをりたる他力の別途むなしくなりぬべし。そのゆゑは、たすけましまさんとする十方衆生たる凡夫、因果相順の理に封ぜられて、別願所成の報土に凡夫生るべからざるゆゑなり。いま報土得生の機にあたへまします仏智の一念は、すなはち仏因なり。かの仏因にひかれてうるところの定聚の位、滅度に至るといふは、すなはち仏果なり。この仏因仏果においては、他力より成ずれば、さらに凡夫のちからにてみだすべきに あらず、また撥無すべきにあらず。

と仰っています。
因果の道理にしたがえば、凡夫は死後に三悪道に堕ちるしかなく、報土に往くことなどあり得ないことになります。なぜなら阿弥陀仏の本願を信じたと言っても、悪因は悪果にしかなりません。もしそうなら、本願も釈尊の教えられた浄土の教えも嘘になります。
したがいまして、阿弥陀仏の救いというのは、釈尊の聖道門の教えからは、その例がない全く異なった道理になります。もし因果の道理の通りであるなら、阿弥陀仏、釈尊、諸仏方がご苦労なされて教えられた他力の教えが無駄になります。この道理は、阿弥陀仏の願行の因により阿弥陀仏を仏に成す果であり、衆生の側から言えば、阿弥陀仏の願行の因によって、衆生が往生成仏する果となるのです。

この根本にあるのが回向の考え方です。自因が自果に限らず、他果にもなる、つまり利益を自分以外の人にも与えることができるという考え方です。

以上から、因果の道理を聞いて信じることは、この回向を否定することでありますから、「仏智の不思議をうたがふ」ことになり、因果の道理に反する回向の話を聞いて疑いなく信じたことが他力の信心になるのです。

因果相順の理に封ぜられて、別願所成の報土に凡夫生るべからざる」状況に押し込んでいるのが、高森顕徹会長なのです。

| | コメント (14)

2019年12月15日 (日)

最近の親鸞会との法論1

親鸞会では、講師部員に向けて高森顕徹会長による法論禁止令が長らく出されていまして、退会者との法論を避け続けてきました。しかし、多数の退会者が出そうな状況や大きな行事前の誘いのために、思わず法論をしてしまうことがあります。
今年もそんなことが何回かありましたので、一部を紹介します。
ただし、講師部員の主張をそのまま掲載すると、顧問弁護士から著作権侵害等で訴えられる可能性があり、直接的な文章は紹介しませんので、その点はご了解ください。

まずは、因果の道理についてです。

因果の道理を否定したら、仏教の否定になり、阿弥陀仏の救いもないことになります。

というようなことを言ってきました。
これに対する反論は実に簡単にできます。

ボランティアをする人で、この善が往生のために、もしくは信仰のためにプラスになると思うことは、普通はありません。浄土往生を目指していても、親孝行と往生とを関連付けることも普通はありません。つまり、世間的な因果の道理をどれだけ信じようとも、それと往生とが無関係なら、何の問題もありません。問題となるのは、世間的な善、そして仏教で教える善を往生と関連付けること、つまり因果の道理と往生とは密接不利な関係にあるという考えです。

以下の蓮如上人のお言葉が最も判りやすいでしょう。
『御文章』5帖目13通

それ、当流門徒中において、すでに安心決定せしめたらん人の身のうへにも、また未決定の人の安心をとらんとおもはん人も、こころうべき次第は、まづほかには王法を本とし、諸神・諸仏・菩薩をかろしめず、また諸宗・諸法を謗ぜず、国ところにあらば守護・地頭にむきては疎略なく、かぎりある年貢所当をつぶさに沙汰をいたし、そのほか仁義をもつて本とし、また後生のためには内心に阿弥陀如来を一心一向にたのみたてまつりて、自余の雑行・雑善にこころをばとどめずして、一念も疑心なく信じまゐらせば、かならず真実の極楽浄土に往生すべし。

信前の人も信後の人も心得るべきことは、「王法を本とし」(国の法律を守り)、「仁義をもつて本とし」(倫理道徳の善に心がけ)です。一方で「後生のためには」(往生のためには)、「自余の雑行・雑善にこころをばとどめずして」(仏教で教える善に心を留めない)です。

世間的なこととしては、世間的な因果の道理を信じて、法律を守り、倫理道徳の善をしましょう、だけど、往生のためには仏教で教えられる雑行・雑善は捨てましょう。

こういうことです。
もっと簡潔に言うなら、

世間的な因果の道理は信じるべきですが、仏教で教える因果の道理を信じると往生の妨げになります。

なぜなら、仏教で教えられる因果の道理と阿弥陀仏の救いとは相反するからです。

僅かこれだけで、講師部員は沈黙しました。

この後、まだ説明しようと思っていたのですが、あっけなく終わりました。
一応、ここではもう少し説明しておきます。

仏教で教えられる因果の道理と阿弥陀仏の救いが相反することを最も端的に表現されているのが、蓮如上人の愛読書であった『安心決定鈔』にあります。

まことに往生せんとおもはば、衆生こそ願をもおこし行をもはげむべきに、願行は菩薩のところにはげみて、感果はわれらがところに成ず。世間・出世の因果のことわりに超異せり。

判りやすく訳すと、

仏教で教えられる因果の道理からは、往生しようと思うならば、衆生一人一人が願を発して、衆生一人一人が行を励むことになるはずですが、その願と行を法蔵菩薩が衆生の代わりになされて、その果は衆生が受けることになります。これは世間の因果の道理、仏教の因果の道理をはるかに超えて異なっているのです。

ということです。世間の因果の道理、仏教で教えられる因果の道理と、阿弥陀仏の救いとは全く別なのです。つまり、仏教の因果の道理を信じることが阿弥陀仏の救いを疑うことになるのです。

なぜなら、我々が往生するという果に対する因は、阿弥陀仏の願と行だからです。我々は何一つしなくても良いように、阿弥陀仏がすべての因そして縁も用意して下されているのですから、自因自果、自業自得の道理とは、相反するからです。

したがいまして、自力、疑情について親鸞聖人は「罪福信ずる心」という言い方を多くされているのです。
親鸞会でも知っている御文ならば、『教行信証』化土巻の

定散の専心とは、罪福を信ずる心をもつて本願力を願求す、これを自力の専心と名づくるなり。

です。

この他にも因果の道理に関する御文はたくさんありますが、それは次回に紹介します。

| | コメント (15)

2019年11月30日 (土)

親鸞聖人の仰る信心とは3

真実の信心は、前回も述べた通り「信楽」であり「深心(深信)」です。
その内容を様々な表現で親鸞聖人は仰っていますが、今回は『浄土文類聚鈔』で見てみます。

しかれば、「一心正念」といふは、正念はすなはちこれ称名なり。称名はすなはちこれ念仏なり。一心はすなはちこれ深心なり。深心はすなはちこれ堅固深信なり。堅固深信はすなはちこれ真心なり。真心はすなはちこれ金剛心なり。金剛心はすなはちこれ無上心なり。無上心はすなはちこれ淳一相続心なり。淳一相続心はすなはちこれ大慶喜心なり。大慶喜心を獲れば、この心三不に違す、この心三信に順ず。この心はすなはちこれ大菩提心なり。大菩提心はすなはちこれ真実信心なり。真実信心はすなはちこれ願作仏心なり。願作仏心はすなはちこれ度衆生心なり。
度衆生心はすなはちこれ衆生を摂取して、安楽浄土に生ぜしむる心なり。この心はすなはちこれ畢竟平等心なり。この心はすなはちこれ大悲心なり。この心作仏す。この心これ仏なり。

(現代語訳)

そして 「一心に正念して」 というのは、 「正念」 とはすなわち称名である。 称名はすなわち念仏である。 「一心」 とは深い心、 すなわち深心である。 この深心は堅く信じる心、 すなわち堅固深信である。 この堅固深信は真実の徳を持った心、 すなわち真心である。 この真心は金剛のように堅く決して砕かれることのない心、 すなわち金剛心である。 この金剛心はこの上なくすぐれた心、 すなわち無上心である。 この無上心はすなわち淳心・一心・相続心である。 この淳心・一心・相続心は広大な法を受けた喜びの心、 すなわち大慶喜心である。 大慶喜心を得たなら、 この心は、 嘘いつわりで飾り立てることのない淳朴な心となり、 疑うことなくひとすじに信じる心となり、 途切れることなく生涯たもたれる心となる。 この心は大いなるさとりを求める心、 すなわち大菩提心である。 この大菩提心はまことの心、 すなわち真実信心である。 この真実信心は仏になろうと願う心、 すなわち願作仏心である。 この願作仏心はすべてのものを救おうとする心、 すなわち度衆生心である。 この度衆生心はすべてのものを安楽浄土に生れさせる心である。 ^この心は自他にとらわれない平等の真理をさとった心、 すなわち畢竟平等心である。 この心はすべてのものを慈しみ哀れむ心、 すなわち大悲心である。 この心はさとりを開く正しい因であり、 仏のはたらきそのものである。

二河白道の譬えの解説の部分です。
一心」が真実の信心です。18願文の「信楽」にあたる「一心」の言い換えをたくさん出されていますが、図式にすると

信楽
=一心
=深心
=堅固深信
=真心
=金剛心
=無上心
=淳一相続心
=大慶喜心
=三信に順ず
=大菩提心
=真実信心
=願作仏心
=度衆生心
=衆生を摂取して、安楽浄土に生ぜしむる心
=畢竟平等心
=大悲心
=作仏す
=仏なり

となります。
詳しい説明はしませんが、真実の信心とは、最後にある仏のはたらきそのものになります。信心を頂くのと仏に成るのは違います。仏になる種を頂いたことであって、凡夫の間は、種のままです。

ここからもそれが判られると思いますが、他にも『教行信証』信巻に、『定善義』を引かれて

またいはく、「金剛といふは、すなはちこれ無漏の体なり」と。

と仰っています。
金剛」という真実の信心は「無漏の体」であるということです。「無漏」とは「有漏」に対する言葉です。煩悩のない清らかな仏そのもののことです。煩悩具足の凡夫が「無漏」になるのではありません。「無漏」の種を頂くだけで、「有漏」のまま何も変わりません。

ついでに「大慶喜心」も凡夫の心が大きな喜びの心になるのではなく、大きな喜びの種になるだけです。

もちろん真実の信心とは、絶対の幸福ではありません。信心を獲たという喜びはあっても、信心自体が喜びの心ではありません。

| | コメント (0)

«親鸞聖人の仰る信心とは2