2020年3月29日 (日)

新型コロナに怯える絶対の幸福の体現者

現在、世界中が新型コロナで大騒ぎしています。いわゆる疫病の一つですが、疫病は人類の歴史の中で常に流行して、夥しい死者が出て人口が激減したことが何度もあります。これだけ医療が発展しても、疫病を克服することは容易ではないと皆さん実感されていることと思います。

経典や真宗の聖教にも、疫病に関することが記されていますので、仏教史、真宗史においても疫病の流行は身近なものであったと言えます。

存覚上人の『持名鈔』にはこのように書かれています。

されば阿弥陀仏は、現世・後生の利益ともにすぐれたまへるを、浄土の三部経には後生の利益ばかりを説けり、余経にはおほく現世の益をもあかせり。かの『金光明経』は鎮護国家の妙典なり。かるがゆゑに、この経より説きいだすところの仏・菩薩をば、護国の仏・菩薩とす。しかるに正宗の四品のうち、「寿量品」を説きたまへるは、すなはち西方の阿弥陀如来なり。これによりて阿弥陀仏をば、ことに息災延命、護国の仏とす。かの天竺に毘舎離国といふ国あり。その国に五種の疫癘おこりて、ひとごとにのがるるものなかりしに、月蓋長者、釈迦如来にまゐりて、「いかにしてかこの病をまぬかるべき」と申ししかば、「西方極楽世界の阿弥陀仏を念じたてまつれ」と仰せられけり。さて家にかへりて、をしへのごとく念じたてまつりければ、弥陀・観音・勢至の三尊、長者の家に来りたまひしとき、五種の疫神まのあたりひとの目にみえて、すなはち国土を出でぬ。ときにあたりて、国のうちの病ことごとくすみやかにやみにき。そのとき現じたまへりし三尊の形像を、月蓋長者、閻浮檀金をもつて鋳うつしたてまつりけり。その像といふは、いまの善光寺の如来これなり。霊験まことに厳重なり。

阿弥陀仏は、後生の利益はもちろんで、現世の利益も与えて下されるのですが、浄土三部経には、後生の利益ばかりが説かれ、他の経典には現世の利益が多く説かれていることを仰った上で、『金光明経』寿量品の現世利益の内容を紹介されています。
インドの毘舎離国という国で5種の疫病が流行り、多くの人が感染したので、月蓋長者が釈尊を訪ねて、「どうしたらこの病気から逃れることができますか」と申したところ、釈尊は、「西方極楽にまします阿弥陀仏を念じなさい」と仰いました。そこで月蓋長者が家に帰って、釈尊の仰せの通りに阿弥陀仏を念じたところ、5種の疫病の神が国を出ていったのを見た。すると5種の疫病がすべてなくなり、その時に現われられた弥陀三尊の形をそのまま金で鋳造した。その像が現在の長野にある善光寺の本尊である。

親鸞聖人も『浄土和讃』現生利益和讃に

阿弥陀如来来化して
 息災延命のためにとて
 『金光明』の「寿量品」
 ときおきたまへるみのりなり

と仰っていますのも同じことです。
なお、親鸞聖人は越後に流刑に遭われて関東に向かわれる途中で善光寺に寄られたと伝えられていまして、『正像末和讃』には善光寺についての和讃を

善光寺の如来の
 われらをあはれみましまして
 なにはのうらにきたります
 御名をもしらぬ守屋にて

等、5首も残されています。
親鸞聖人も存覚上人も、名号本尊に反する善光寺の本尊を間違いだとか否定するようなことはどこにも仰っていないので、親鸞会の名号本尊論の嘘はここからも言えます。

『持名鈔』に書かれた現世利益はこのような内容ですが、ならば、新型コロナを無くすために阿弥陀仏を念じれば良いのかという素朴な疑問に対して存覚上人はこの後に

ただし、これはただ念仏の利益の現当かねたることをあらはすなり。しかりといへども、まめやかに浄土をもとめ往生をねがはんひとは、この念仏をもつて現世のいのりとはおもふべからず。ただひとすぢに出離生死のために念仏を行ずれば、はからざるに今生の祈祷ともなるなり。

と仰っています。真剣に浄土往生を願っている人は、現世の利益を願うのではなく、ただ一筋に出離のために念仏を行ずれば、現世の利益もついてくるのだということです。

要するに、信心を獲て往生が定まれば、現世利益もついてくるということですので、信心を獲ていない人は信心を獲ることに心を掛けましょうということです。

なお、存覚上人は「ただひとすぢに出離生死のために念仏を行ずれば」という言い方をされています。信心を獲ていない人は信心を獲て往生が定まるためにすることは「念仏を行ずれば」です。「念仏を行ず」ることは、「出離生死のため」と副産物の「今生の祈祷ともなる」のです。

ところで、高森顕徹会長は現在、F館に籠って、F館には掃除をする係以外は入れないようにしているそうです。新型コロナに怯えているこの高森会長の無様な姿を会員はどう思っているのでしょう。新型コロナに罹らない現世利益を信じていない絶対の幸福の体現者とは、お笑いですが、本尊論、信前の人に対する念仏の勧めも含めて、何一つ真宗らしいところが無い高森会長と親鸞会です。

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2020年3月18日 (水)

8年間沈黙で法論から逃げまくりの親鸞会と、親鸞会的な思考

今から8年前に、親鸞会に対して正式に法論を申し込みました。以下がその内容です。

 

W 様


御無沙汰しております、○○です。
昨日の件は、聞いております。法論の申し込みを書面でせよ、とのことですので、本日申し込みの書面を書留で送りました。
内容は以下の通りです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
              法論の申し込み
                            平成24年3月18日
弘宣局長 W 様

御無沙汰しております、○○です。

昨年、K講師を通して、法論を申し込みましたが無視されました。
しかしその件で、「弘宣局に直接法論を申し込むように」と貴方が言われたそうですので、ここに書面をもって法論を正式に申し込みます。

法論の条件は、

1.法論の土俵はお聖教であり、お聖教にない文底秘沈のような主張はしない
2.文章でやりとりをする
3.法論の場は、以下とする
  mixi内の信仰と対話コミュニティ*「三願転入」議論継続トピック*
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=53217382&comm_id=2135313
4.相手の質問に対して質問で返さず、相手の質問に答えてから新たな質問をする

以上の4点です。

かつて親鸞会は公約していた筈です。

「親鸞会は公約しています。親鸞会の主張に対して異議、反論のある方は遠慮なく申し出てください。相手が集団であれ、個人であれ、公開であれ、非公開であれ、討論であれ、文書討論であれ、相手の希望される方法で、時と場所を問わず、本当の親鸞聖人のみ教えを開顕するために、喜んで対決に応じます。」

これが口先だけであったとは、言わせません。

私の主張は、「親鸞会教義の誤り」「飛雲」「親鸞会の邪義を正す」等のブログで書かれている通りです。一読された上で、法論に臨んで頂きたいと思います。
親鸞聖人の仰せと高森顕徹会長の主張との相違点を以下に列記しておきます。

1.獲信していない人の死後はどうなるか

親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - -
高森会長 必堕無間


2.五逆罪・謗法罪について

親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている


3.善人と悪人について

親鸞聖人 善人と悪人とがいる
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である


4.獲信のために善は必要か

親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない


5.白道とは

親鸞聖人 自力の心にあらず
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 自力


6.定散二善について

親鸞聖人 定散二善を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 定散二善をせよ


7.19願について

親鸞聖人 19願を捨てよ
- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 19願を実践せよ


8.宿善について

親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - - - - - - - - - - -
高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない


9.機の深信について

親鸞聖人 自力では出離できない
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる


10.善知識に無条件服従しなければならないか

親鸞聖人 法に従うのであって、人に従うのではない
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
高森会長 善知識に無条件服従せよ

なお、法論に応じられても応じられなくても、返事を頂いても頂かなくても、すべて公開しますので、御了承ください。

                                           ○○○○
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

mixiでの三願転入の法論は、親鸞会の逃亡とトピック削除で幕を閉じましたが、とりあえずその続きをしたいと考えております。

なお、上に挙げたブログをすべて読まれるのは大変でしょうから、最低限、添付ファイルのところだけでも読んでおいて頂けませんでしょうか。

目的は親鸞聖人のみ教えを開顕するためですので、よいお返事をお待ちしております。

○○○○

返事は全くなく、その代わりに『顕真』上で「ひと口問答」として反論するという腰抜けぶりでした。

詳しくは

「浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人のみ教えと同じか?」

をご覧ください。

 

さて、親鸞会はもちろんですが、聖教の読み方の基本を誤っている人が意外と多いのには驚きます。

まずは親鸞聖人が仰ったこと、あるいは覚如上人、蓮如上人が仰ったことをそのまま受け取ることですが、一見、矛盾していることを仰っているように思える箇所かあった時に、片方だけを正しいものとし、もう片方を無視するのは学問的に言ってもおかしいことです。

基本は、

総合的に判断して、矛盾していないから、ここはこう解釈すべき

という思考です。

わかりやすい例が、親鸞聖人は信心決定していない人の死後を、六道、三悪道、あるいは化土という言い方しかされていないし、蓮如上人もそのように仰っている箇所かいくつもあるのに、「この信心を獲得せずは、極楽には往生せずして無間地獄に堕在すべきものなり」という一文だけを正として一切衆生必堕無間が真実だと解釈するのは、思考が根本的におかしいです。他との整合性をはかるという発想自体がない、幼稚な思考といえます。

念仏と信心もそうです。念仏称えて往生できる、という表現と、信心一つで往生できる、という表現の2つがあった時に、後者だけが正という発想が幼稚です。両方あるのですから共に正でなければ嘘と真実を混ぜて親鸞聖人も蓮如上人も仰ったことになってしまいます。両方正と見れば、念仏と信心との関係も判るのです。

親鸞会を馬鹿にしながら、親鸞会と同じレベルでは情けないので、学術的な観点で聖教を読む習慣を身につけてもらいたいものです。

 

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2020年3月 8日 (日)

念仏往生を知らないし否定する浄土真宗があるか?

世の中、新型コロナの話題ばかりで、死の恐怖から親鸞聖人の教えを真面目に学んで聞こうとするのなら、ある意味で善い縁と言えるのかもしれませんが、親鸞会では親鸞聖人の教えを真面目に学ぶ気のない会員に、単に不安を煽って財施を募るばかりです。

さて、本日は死を人一倍恐れている高森顕徹会長が、隔離された部屋で話をしてネット中継しました。

演題は「名号・信心・念仏」でしたが、念仏の話はないといういつもの間の抜けた話でした。

高森会長がなぜ念仏の話をしないのかと言えば、親鸞聖人が教えられた念仏を知らないからです。高森会長の理解では、念仏=お礼としか思っていないから、信心のおまけなのです。

では、親鸞聖人は念仏についてどう教えられているのかですが、難しい話をすると、会員は理解できないでしょうから、できるだけ簡単に述べておきます。

親鸞会でも重要視する18願のことを親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人は様々な呼び方をされていますが、その中の1つが、念仏往生の願です。念仏お礼の願ではありません。念仏称えて往生する願ということです。
親鸞会でも知っている根拠を挙げるなら『改邪鈔』の

かの心行を獲得せんこと、念仏往生の願成就の「信心歓喜乃至一念」と等の文をもつて依憑とす。このほかいまだきかず。

があります。親鸞会の好きな18願成就文のことを「念仏往生の願成就」と仰っています。「依憑」である18願成就文は、念仏を称えて往生する願の成就文です。成就文を高森流の説明でいうなら、念仏を称えて往生する願を釈尊が解説なされたもの、になります。念仏が如何に重要かこれだけでも判るというものです。

親鸞会でも使う『御文章』5帖目1通に

末代無智の在家止住の男女たらんともがらは、こころをひとつにして阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、さらに余のかたへこころをふらず、一心一向に仏たすけたまへと申さん衆生をば、たとひ罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくひましますべし。

とありますが、この後に、

これすなはち第十八の念仏往生の誓願のこころなり。

とあります。念仏往生抜きにして、浄土真宗を語ることなどあり得ないのです。
その決定的証拠として親鸞聖人が『一念多念証文』の総まとめでこう仰っています。

浄土真宗のならひには、念仏往生と申すなり

信心と念仏との関係が判らないと、

信心で助かるのであって、念仏で助かるのではない!

と言ってくるでしょうが、信心が念仏往生の信心だということも知らないから、間の抜けたことを言うのです。
『末灯鈔』には

選択摂取したまへる第十八の念仏往生の本願を信楽するを他力と申すなり。

また

念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。

とも仰っています。

念仏往生と深く信じたのが信心です。

更には、親鸞会でさえも毎日読んでいる「正信偈」の正式名称は、「正信念仏偈」ですし、その中にも

弥陀仏の本願念仏は、邪見・驕慢の悪衆生、
信楽受持することはなはだもつて難し。難のなかの難これに過ぎたるはなし。

と「本願念仏」を信じることの難しさを仰っています。当たり前ですが、「本願念仏」を信じたのが信心で、本願の信心を信じたのが信心ではありません。

簡単な話しかしていませんが、親鸞聖人の教えを真面目に学ぶ気があるなら、これで高森会長に対する疑念が起きて当然です。疑念が起きないのは、親鸞聖人などどうでもよいからです。

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2020年2月23日 (日)

最近の親鸞会との法論13

若不生者」について、親鸞聖人がどう仰っているのかの根拠を列記しておきます。「往生」とか「生まれる」だけで、「どこに」「どんな身に」が記されていない御文は除いています。

まずは『教行信証』行巻より

諸天・人民・蜎飛・蠕動の類、わが名字を聞きて慈心せざるはなけん。歓喜踊躍せんもの、みなわが国に来生せしめ、この願を得ていまし作仏せん。この願を得ずは、つひに作仏せじ

諸天・人民・蠕動の類、わが名字を聞きてみなことごとく踊躍せんもの、わが国に来生せしめん。しからずはわれ作仏せじ


前者は『大無量寿経』の異訳経である『大阿弥陀経』、後者は同じく異訳経の『平等覚経』で、共に18願の異訳で「わが国」ですから、浄土に生まれるという意味です。

もう一つ行巻より

『双巻経』(大経)の三輩の業、浅深ありといへども、しかるに通じてみな「一向専念無量寿仏」といへり。三つに四十八願のなかに、念仏門において別して一つの願を発してのたまはく、「乃至十念 若不生者 不取正覚」と。四つに『観経』には「極重の悪人他の方便なし。ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得」

これは『往生要集』を引かれたものですが、直接「若不生者」についての解釈を仰っているのではありません。しかし、最後の文が18願文の「」がどこかを明確にされています。「極楽」。

次に『尊号真像銘文』です。

「若不生者不取正覚」といふは、「若不生者」はもし生れずはといふみことなり、「不取正覚」は仏に成らじと誓ひたまへるみのりなり。このこころはすなはち至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生れずは仏に成らじと誓ひたまへる御のりなり。

これはよく知られていますので、解説は要らないでしょう。「浄土」。

もう一つ

「若不生者不取正覚」といふは、ちかひを信じたる人、もし本願の実報土に生れずは、仏に成らじと誓ひたまへるみのりなり。

ですが、これは18願文を言い換えられた善導大師の『観念法門』にある

若我成仏 十方衆生 願生我国 称我名字 下至十声 乗我願力 若不生者 不取正覚

の「若不生者」についてですが、当然、18願文の「若不生者」そのままですから、18願文の「若不生者」の解釈と同じです。「もし本願の実報土に生れずは」ですから、「本願の実報土」です。

『唯信鈔文意』には、

「来迎」といふは、「来」は浄土へきたらしむといふ、これすなはち若不生者のちかひをあらはす御のりなり。穢土をすてて真実報土にきたらしむとなり、すなはち他力をあらはす御ことなり。

とあり、ここでも「浄土」です。

もう一つ

「乃至十念 若不生者 不取正覚」といふは、選択本願の文なり。この文のこころは、「乃至十念の御なをとなへんもの、もしわがくにに生れずは仏に成らじ」とちかひたまへる本願なり。

です。「わがくに」です。

次に『愚禿鈔』ですが、これは18願文を二河白道の譬えで言い換えられた

汝一心正念にして直ちに来れ、我能く護らん

で「若不生者」にあたる「来れ」の解釈で

「来」の言は、去に対し往に対するなり。また報土に還来せしめんと欲してなり。

と仰っておられます。「報土」です。

最後は『末灯鈔』で親鸞聖人が18願文をご自身のお言葉で言い換えられた

弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたる

です。「極楽」です。

これで

1.「浄土に生まれる」と仰った根拠

教行信証行巻 3文
尊号真像銘文 2文
唯信鈔文意 2文
愚禿鈔 1文
末灯鈔 1文

計 9文

です。これ以外にもあるかもしれませんが、思いつくものとして挙げた9文です。
信楽に生まれる」という解釈をされた箇所は、全くないのです。

理屈でどうこういうのではなく、

親鸞聖人がどう仰っているか

論点はこの一点で、高森会長が親鸞聖人とは違う教え方しかしていない、という結論に達するのです。

これで某講師は完全に沈黙しました。

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2020年2月15日 (土)

最近の親鸞会との法論12

他に講師との法論では、「若不生者」についてのこともありました。かなり議論尽くされた内容ですので、取り上げるかどうか迷いましたが、ポイントだけ紹介しておきます。

親鸞会の主張は、

信楽に生まれさせる

というものです。これは明確な間違いであり、このことについては当ブログで何度か言及しています。「信楽」とは仏心そのものですので、「信楽」に生まれたら仏になったことと同じことですので、そのような言い方は言葉の定義からして間違いです。

他力の信心を「信楽」と言われますが、「信楽」を頂くことと「信楽」になることとは違います。「信楽」を頂くのは、あくまで「信楽」になる種つまり仏になる種を頂くのであって、芽も花も実もない状態です。

高森顕徹会長は、自分が体験したこともないのに、話を創作して会員を騙しているだけなのです。

次に親鸞会が言ってくるのが、

本願成就文には現益しか説かれていない。
現益がないというのか!

ですが、浄土真宗なら現益をいうのが当然ですが、問題は、

親鸞聖人が「若不生者」をどのように解釈されているか

の一点です。

曲がりなりにも親鸞学徒を名乗るのなら、親鸞聖人が仰ったお言葉で説明し、理屈を捏ね繰り回す必要はないのです。

結論は以下の通りで終了でした。

「若不生者」についてのまとめ

1.「浄土に生まれる」と仰った根拠

教行信証行巻 3文
尊号真像銘文 2文
唯信鈔文意 2文
愚禿鈔 1文
末灯鈔 1文

計 9文

2.「信楽に生まれる」と仰った根拠

ゼロ

0
皆無

つまり、高森会長は親鸞聖人とは違う教え方をしている。

根拠については、次回以降紹介していきます。

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2020年2月 5日 (水)

最近の親鸞会との法論11

親鸞会の主張する本尊論の最後の砦は、『慕帰絵詞』でした。
『慕帰絵詞』とは、『世界大百科事典』によれば

親鸞の後継者で本願寺発展の基礎を開いた第3世覚如(1270‐1351)の伝記を描いた絵巻。西本願寺所蔵。《慕帰絵詞》と題したのは,上人の帰寂(入寂)を恋い慕うゆえであることが,冒頭の詞書に述べられている。1351年(正平6∥観応2)の上人没後,ただちに次子慈俊によって詞書がつくられ,絵もほどなく完成したものと思われる。全10巻のうち第1,7両巻ははやくに失われ,1482年(文明14)詞書を飛鳥井雅康(あすかいまさやす),絵を藤原久信が補作した。

と説明されています。覚如上人の伝記を、言葉と絵で著わされた絵巻ものです。
この中に以下の一文があります。

かかる時も他の本尊をばもちいず、無碍光如来の名号ばかりをかけて、一心に念仏せられけるとぞ。

これはまさしく、親鸞会の究極の根拠と言えましょう。ただし、断章取義でなければですが、当然断章取義です。

これは、慈信房善鸞の件についての記述であって、宗祖のことではない。

と、30年以上も前に本願寺の山田師から指摘されて反論もできていないのですが、そこを某講師に追及すると、

善鸞が名号のみを本尊とされていたということは、親鸞聖人が名号のみを本尊とされていた証拠だ

と驚天動地の主張をしてきました。
ここまでくると、その辺の芸人よりも面白いです。
この一文のある段を全文紹介しておきます。

慕帰絵詞  第四巻
第一段

同三年には、法印そのとき廿一のことにや、本願寺先祖勧化し給ふ門下ゆかしくおぼゆるに、さることのたよりあることをよろこびて、しばらくいとまを南都の御所へ申賜て、東国巡見しけるに、国はもし相州にや、余綾山中といふ所にして風瘧をいたはる事侍るに、慈信房[元宮内卿公善鸞]入来ありて、退治のためにわが封などぞ、さだめて験あ らんと自称しあたへんとせらる。真弟如信ひじりも坐せられけるに、法印申さく、い まだ若齢ぞかし、其うへ病屈の最中も堅固の所存ありければ、おもひける様、おとさ ばわれとこそおとさめ、この封を受用せん事しかるべからず、ゆへは師匠のまさしき厳師にて坐せらるれば、もだしがたきには似たれども、この禅襟としひさしく田舎法師となり侍れば、あなづらはしくもおぼえ、しかるべくもおもはぬうへ、おほかた門流にをいて聖人の御義に順ぜず、あまさへ堅固あらぬさまに邪道をことゝする御子になられて、別解・別行の人にてましますうへは、今これを許容しがたく、粛清の所存ありければ斟酌す。まづ請取てのむ気色にもてなして掌中にをさめけり。それをさすがみとがめられけるにや、後日に遺恨ありけるとなん。この慈信房は安心などこそ師範と一味ならぬとは申せども、さる一道の先達となられければ、今度東関下向のとき、法印常睦に村田といふあたりを折節ゆきすぎけるに、たゞいま大殿の御浜いでとて男法師尼女たなびきて、むしといふ物をたれて、二三百騎にて鹿島へまいらせたまふとて、おびたゞしくのゝめく所をとおりあひけり。大殿と号しけるも、辺土ながらかの堺なれば、先代守殿をこそさも称すべけれども、すこぶる国中帰伏のいたりにやと不思議にぞあざめける。かゝる時も他の本尊をばもちゐず、無礙光如来の名号ばかりをかけて、一心に念佛せられけるとぞ。

下野国高田顕智房と称するは、真壁の真佛ひじりの口決をえ、鸞聖人には孫弟たりながら、御在世にあひたてまつりて面受し申こともありけり。或冬の事なりけるに、炉辺にして対面ありて、聖人と慈信法師と、御顔と顔とさしあはせ、御手と手ととりくみ、御額を指合て何事にか物を密談あり。其時しも顕智ふと参たれば、両方へのきたまひけり。顕智大徳後日に法印に語示けるは、かゝることをまさしくまいりあひてみたてまつりし、それよりして何ともあれ、慈信御房も子細ある御事なりと[云々]。是をおもふに、何様にも内証外用の徳を施して、融通し給ふむねありけるにやと符合し侍り、天竺には頻 婆娑羅王・韋提夫人・阿闍世太子・達多尊者・耆婆大臣等の金輪婆羅門種姓までも、あひ 猿楽をしてつゐには佛道に引入せしめ、和朝には上宮皇子、守屋大連を誅伐したまひしも、佛法の怨敵たりし違逆の族を退むがために、君臣の戦におよびしにいたる までも、みな佛の変作なれば、巧方便をめぐらして、かへりて邪見の群衆を化度せんとしたまふ篇あれば、彼慈信房おほよそは聖人の使節として坂東へ差向たてまつられけるに、真俗につけて、門流の義にちがひてこそ振舞はれけれども、神子・巫女の 主領となりしかば、かゝる業ふかきものちなづきて、かれらをたすけんとにや、あや しみおもふものなり。

関係ない話が多いので要点を簡潔に言いますと、

覚如上人が東国に行かれて2回目撃した善鸞(慈信房)は、男女200、300騎の修験者たちの棟梁として馬上にいた。そして、無碍光如来の名号を首に掛けて、念仏をとなえていた

と言う事です。その善鸞が、首に名号を掛けていたのを覚如上人が目撃された、という話を伝聞で記した内容です。

ここで、何度か紹介したこの法論の条件で某講師が言った

どんな「史料」にどんな「史実」が書いてあっても、お聖教が物差しで、お聖教に反していたら「史実」は根拠にならない。

を基にこの文章を読めば、

覚如上人が首から名号を掛けていた善鸞を目撃されたというのは「史実」であって、お聖教ではありません。その「史実」を基として、親鸞聖人は名号のみを本尊とされたという「推論」です。つまり、根拠とならないという「史実」から更に根拠のない「推論」が、親鸞聖人の名号本尊の証拠だというのです。
こんな恥ずかしいことをよくも言えたものだと、感心しました。

当然ですが、親鸞聖人あるいは覚如上人が名号だけを本尊としていた「史実」はこの「史料」にはありません。

もう一つダメ押しが「絵巻」の絵です。

Bokie


そこで、

覚如上人の病床での絵に描かれた絵像本尊が間違いであるという根拠を示してください。覚如上人が名号本尊しか認められていなかったならば、これを描いた藤原隆昌・隆章は覚如上人のことに無知であり、しかもそれを許して絵をそのままにしてきた存覚上人や蓮如上人はどういうお気持ちであったのかも説明してください。まさか覚如上人のお子さんである存覚上人が知らなかったなんてことは言わないでしょうね。

と言うと、黙ってしまいました。

これで、親鸞会の本尊論は完全終了でした。
こんな子供じみた詭弁がいつまでも通用すると思っていたのなら、見くびられたものです。

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2020年2月 2日 (日)

最近の親鸞会との法論10

親鸞会で”お聖教”とされている書の中には、親鸞会の主張する名号本尊の根拠はないので、この時点で、

どんな「史料」にどんな「史実」が書いてあっても、お聖教が物差しで、お聖教に反していたら「史実」は根拠にならない。

が破綻するのですが、『弁述名体鈔』も”お聖教”としています。しかし、高森顕徹会長も含めて親鸞会で『弁述名体鈔』を読んだことのある人はいないのに、どこかで名号本尊について書いてあるという噂で根拠としていただけのようです。

『弁述名体鈔』とは、存覚上人が光明本尊について書かれたものですが、光明本尊とは名号本尊の一種で、名号の周りに光明を放射状に描いた本尊です。したがいまして、親鸞会の本尊とは異なっているのですが、そんなことさえも知らないのでしょう。

さて、親鸞会が断章取義しているであろう文は、

高祖親鸞聖人御在生のとき、末代の門弟等、安置のためにさだめおかるる本尊あまたあり、いわゆる六字の名号、不可思議光如来、无碍光仏等なり。梵漢ことなれども、みな弥陀一仏の尊号なり。

です。親鸞聖人が六字の名号を含む数種の名号を本尊とされていたことを記されたことですが、名号本尊だけ、という内容ではありません。事実、他所には

あるひは形像を図し、あるひは文字をあらはして、真仮ともにしめし、梵漢ならべて存するなり。いづれも弥陀一仏の体なりとしりて、ふかく帰敬したてまつるべきなり。

とありますので、これは絵像木像本尊も「いづれも弥陀一仏の体なりとしりて、ふかく帰敬したてまつるべきなり」という意味以外にどんな解釈ができるのか教えてください。

と某講師に問いかけたところ、返答はありませんでした。

この前の部分も示しますと、

まづ弥陀の形像は、観経の像観のこころなり。かの経に、十三定善をとくなかに、第八の観は像観なり、これ形像なり。第九の観は真身観なり、これ浄土の如来なり。これすなはち衆生、さはりをもくしてはじめより、六十萬億の身量を観すること、かなふベからざるがゆへに、まづこころを形像にとどめて、次第に転入して、浄土の如来を観ぜしめんとなり。これあさきよりふかきをおしへ、仮より真にいる義門なり。かるがゆへに、かの説相にまかせて、まず形像を体として、その阿弥陀仏の真実の体は、不可思議光無碍光の体なりと、さとらしめんがためなり。絵像にかき、木像につくれるは、ちゐさくかけばちゐさきかたち、おほきにつくればおほきなるすがたなり。ただその分をまもるがゆへに、真実にあらず。不可思議光如来とも、無碍光如来ともいひて、文字にあらはせるときは、分量をさささるゆへに、これ浄土の真実の仏体をあらはせるなり。しかれども、凡夫はまどひふかく、さとりすくなきがゆへに、あさきによらずば、ふかきをしるベからず。方便をはなれては、真実をさとるベからざれば、ふかきもあさきも、みな如来の善巧真実も方便も、ともに行者の依怙なり。このゆへに、あるひは形像を図し、あるひは文字をあらはして、真仮ともにしめし、梵漢ならべて存するなり。いづれも弥陀一仏の体なりとしりて、ふかく帰敬したてまつるべきなり。

です。

簡単に解説します。
『観無量寿経』に説かれている定善の第八の像観は、仏像を観ることで、第九の真身観は、阿弥陀仏が浄土にまします真実のお姿とされる「六十萬億の身量」を観ることです。ところが「六十萬億の身量」を観ることは極めて難しい行ですので、まずは仮である通常目にする大きさの仏像を観ることから始めて、真の阿弥陀仏の「六十萬億の身量」を観ることができるようにするということです。親鸞会の大好きな”方便からしか真実に入れず”と同様の「方便をはなれては、真実をさとるベからざれば」と存覚上人は仰って、大きさとは無関係の文字による名号本尊も含めて、「あるひは形像を図し、あるひは文字をあらはして、真仮ともにしめし、梵漢ならべて存するなり。いづれも弥陀一仏の体なりとしりて、ふかく帰敬したてまつるべきなり。」なのです。

名号本尊は最善といえますが、絵像と木像を本尊としてはならない、という意味になりえないのは、マイコン真っただ中の某講師にも理解できたようです。

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2020年1月28日 (火)

最近の親鸞会との法論9

論点をずらさせないようにするために、基本的なことを言っておきますと、互いの主張が

1.Aのみ
2.AでもBでもCでも良い
で議論すべきは、Aのみと限定された根拠があるかどうかです。BでもCでも良いという根拠を示すことがなくても、Aのみと限定された根拠がなければ2が正しいとなります。

某講師の反論はまさにこれが理解できず、

本尊が絵像でも木像でも良いと仰った根拠を出せ

と息巻いていましたが、名号のみという根拠がないことが根拠になるのです。
簡単な理屈です。
これを踏まえて今回のエントリーも見てください。

名号本尊の根拠として、最近の顕真などでは『改邪鈔』の

本尊なほもつて『観経』所説の十三定善の第八の像観より出でたる丈六八尺随機現の形像をば、祖師あながち御庶幾御依用にあらず。天親論主の礼拝門の論文、すなはち「帰命尽十方無礙光如来」をもつて真宗の御本尊とあがめましましき。

を使っています。そしてご丁寧に

※「あながちに」の正しい意味

古語辞典では、「否定文の副詞としての『あながちに』は、『決して、絶対に』の意味になる」と解説されている

と強調しています。

某講師も同様でしたが、これが嘘だということは辞書を調べれば一目瞭然です。
以下はネットでも見ることができるので、実際に調べてみてください。

『語源由来辞典』
あながちとは、下に打消しの語を伴い、断定しきれない気持ちを表す。必ずしも。一概に。まんざら。

『学研全訳古語辞典』
〔下に打消の語を伴って〕決して。必ずしも。むやみに。

『三省堂 大辞林』
(下に打ち消しの語を伴う) (1)一概に。まんざら。必ずしも。 (2)決して。むやみに。 (形動ナリ) (4)必ずしも。

『旺文社 古語辞典』
打ち消しの語を伴って「必ずしも・・・でない」の意を表わす

このようになっています。
大まかに言うと、「決してない」の意味と、「必ずしもそうではない」の二つの意味があります。
前者しかない、という親鸞会の主張は、辞書を調べるだけで簡単に崩れるのです。

親鸞会の主張は、この限定が多いので、限定の根拠がないこと、もしくは限定外の例を出したら、簡単に論破できるのです。ですから絵像木像の史実で本来は終わりなのですが、史実を認めないという訳の判らない理屈を言ってきましたので、聖教でも良いですよ、と余裕の議論をしたまでです。

あながちに」の意味の説明だけでも良いのですが、親鸞会のいつもの断章取義をここでも教えてあげました。

『改邪鈔』の該当箇所全文は

一 絵系図と号して、おなじく自義をたつる条、謂なき事。

 それ聖道・浄土の二門について生死出過の要旨をたくはふること、経論章疏の明証ありといへども、自見すればかならずあやまるところあるによりて、師伝口業をもつて最とす。これによりて意業にをさめて出要をあきらむること、諸宗のならひ勿論なり。いまの真宗においては、もつぱら自力をすてて他力に帰するをもつて宗の極致とするうへに、三業のなかには口業をもつて他力のむねをのぶるとき、意業の憶念帰命の一念おこれば、身業礼拝のために、渇仰のあまり瞻仰のために、絵像・木像の本尊をあるいは彫刻しあるいは画図す。しかのみならず、仏法示誨の恩徳を恋慕し仰崇せんがために、三国伝来の祖師・先徳の尊像を図絵し安置すること、これまたつねのことなり。その ほかは祖師聖人(親鸞)の御遺訓として、たとひ念仏修行の号ありといふとも、「道俗男女の形体を面々各々図絵して所持せよ」といふ御掟、いまだきかざるところなり。

しかるにいま祖師・先徳のをしへにあらざる自義をもつて諸人の形体を安置の条、これ渇仰のためか、これ恋慕のためか、不審なきにあらざるものなり。本尊なほもつて『観経』所説の十三定善の第八の像観より出でたる丈六八尺随機現の形像をば、祖師あながち御庶幾御依用にあらず。天親論主の礼拝門の論文、すなはち「帰命尽十方無礙光如来」をもつて真宗の御本尊とあがめましましき。いはんやその余の人形において、あにかきあがめましますべしや。末学自己の義すみやかにこれを停止すべし。

です。タイトルにもありますように「絵系図」についての邪義を説明されたところです。
予備知識として絵系図とは、これもネットで調べられますが、以下紹介しておきます。

『精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典』

浄土真宗の一派で用いた絵図。阿彌陀如来の名号「南無不可思議光如来」を中心に、祖師先徳等の像、また、一般信者の姿もえがいて相承の系譜を示したもの。光明本尊と名帳の影響を受けたもので、覚如はこれを邪義としたが、仏光寺系では長く用いられた。
※改邪鈔(1337頃)「絵系図と号して、おなじく自義をたつる条、謂なき事」

これを基にして読まれれば良いと思いますが、内容を簡単に説明すると、親鸞聖人の御遺訓として、

たとひ念仏修行の号ありといふとも、「道俗男女の形体を面々各々図絵して所持せよ」といふ御掟、いまだきかざるところなり。

とは仰っていますが、「阿弥陀仏の木像絵像を本尊としてはならない」という御遺訓は書かれていません。
しかも「絵像・木像の本尊をあるいは彫刻しあるいは画図す」と「三国伝来の祖師・先徳の尊像を図絵し安置すること、これまたつねのことなり。」と、阿弥陀仏そして祖師・先徳のお姿を絵像や木像にすることは一般的なことであって、それを否定されてはいません。そのあとの「道俗男女の形体を面々各々図絵して所持せよ」に対してのみ「祖師・先徳のをしへにあらざる自義をもつて諸人の形体を安置の条」と仰っているので、木像絵像を本尊とすることと、祖師方の尊像を図絵し安置することは「祖師・先徳のをしへ」であることになります。

このように某講師に説明したら、それでこの件は終わりました。あっけないものです。

参考までに石田瑞磨著『親鸞全集』の現代語訳を示しておきます。

いまの真宗においては、もっぱら地力を捨てて、すべて他力に帰結することをもって、教えの極致とするが、その上でさらに、身に行い、口に言い、心に想い、まことを捧げる真実の信心がおこるから、身には仏を礼拝するために、渇仰の心をもって仰ぎ見るための絵像や木像を絵に画き、あるいは彫刻する。そればかりでなく、仏法を説き聞かせられたご恩を恋い慕い、崇め仰ぐために、インド・シナ・日本と〔浄土の教を〕伝来された祖師・先徳の尊いお姿を絵に画いて安置することも、これまた一般のことである。しかしこのほかに、たといそれが念仏修行のためであるとしても、祖師親鸞聖人が残しおかれたお訓しとして、「出家・在家の男女がそれぞれ、ひとりひとりの姿を画いて所持せよ」という掟があるとは、まだ聞いたことがない。ところがいま、祖師や先徳の教えに見られない自説によって、それぞれの像を安置するということは、これは渇仰のためか、恋慕のためか、不審なくすごすことはできない。
本尊でさえも、『観無量寿経』が説く十三種の仏を観想する方法のうち、第八の像観にもとづいて、〔礼拝する}ひとの能力にかなうように一丈六尺や八尺の仏像{がつくられたが、これ}さえ祖師は強いてみずから望んでお用いになってはいない。〔むしろ}『浄土論』を著わされた世親が、礼拝について述べられた言葉、すなわち「帰命尽十方無碍光如来」という言葉をもって、真宗のご本尊とあがめられたのである。まして、これ以外の人の姿を、どうして画き、崇められるわけがありうか。学問の末に連なるものがたてた自分の一個の説は、すみやかに停めなければならない。

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2020年1月26日 (日)

最近の親鸞会との法論8

親鸞会が名号本尊の根拠として最初に出すのが、『御一代記聞書』の

他流には、「名号より絵像、絵像よりは木像」と、云うなり。当流には、「木像よりは絵像、絵像よりは名号」と、いうなり。

です。

蓮如上人が名号本尊を強調されているではないか!

と言ってきますが、本当にそうなのかです。
『御一代記聞書』の読み方については「親鸞会教義の誤り」でまとめられている通りですが、書かれてある内容を大別すると

1.蓮如上人の直のお言葉
2.蓮如上人のお言葉の聞き書き
3.実如上人、法敬、道宗等の言葉
4.著者もしくは発言者不明の言葉

になります。
1は、『御文章』をそのまま引用されているもので、間違いなく蓮如上人のお言葉と言えます。
2は、蓮如上人のお言葉を聞いた人が、記憶に任せて書き記したものですので、聞き間違いがあるかもしれませんが、蓮如上人の仰ったこととしての信憑性はあると言えます。ここに当てはまるのは、蓮如上人が仰った、と書かれてある場合です。言葉を語られた主語が「蓮如上人」「前々住上人」となっている、もしくは「仰せられ候」等の尊敬語があることで判別できます。
3は、主語が蓮如上人以外の名前である場合ですので、明らかに蓮如上人のお言葉ではありません。
4は、主語がない、そして尊敬語もない、言いっ放しの文章です。これは1でも2でも3でもないことが普通に判る話です。
中学校の国語レベルの問題です。

では

他流には、「名号より絵像、絵像よりは木像」と、云うなり。当流には、「木像よりは絵像、絵像よりは名号」と、いうなり。

はどれに当たるのか考えてみましょう。

発言者の名前がなく、「仰せられ候」とも書かれてありませんので、答えとしては4に当たります。つまり、蓮如上人のお言葉という根拠にはなりません。もしこれが蓮如上人のお言葉であると主張するのであれば、その理由を他の蓮如上人のお言葉で補うしかありませんが、これが唯一の蓮如上人のお言葉ですから、それを指摘したら、某講師は反論できませんでした。

なお、親鸞会でも知っている『御一代記聞書』の

前々住上人の御時、あまた御流にそむき候ふ本尊以下、御風呂のたびごとに焼かせられ候ふ。

は、何が「御流にそむき候ふ本尊」であるかは書かれていませんが、蓮如上人が本願寺を継がれた際には、本願寺は、天台宗の有力寺院である青蓮院の単なる一末寺でしかありませんでした。天台宗の一末寺ですから、天台宗の本尊も本願寺にあったので、「御流にそむき候ふ本尊」とは天台宗の本尊のことと言われています。

史実では、蓮如上人は木像本尊、絵像本尊にされているので、木像と絵像を焼かれたという発想は、流石に親鸞会でもできないようです。

ということで、名号本尊最大の根拠を親鸞会は失いました。

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2020年1月22日 (水)

最近の親鸞会との法論7

親鸞会が声高に主張していることで、これまで当ブログで話題にしてこなかったものに、本尊論があります。なぜ取り上げなかったのかといいますと、根拠がないからです。親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人も、名号のみを本尊とせよ、と仰った聖教上の根拠もないし、絵像・木像でも良い、と仰った聖教上の根拠もありません。つまり、親鸞会と法論して、白黒ハッキリ付けられるものではないので、敢えて話題にしてきませんでした。

それで気を大きくしたのか、自信満々に、

浄土真宗の正しい本尊は名号だ、それを実践しているのは親鸞会だけだ

と宣伝しまくっています。

そして、このことで某講師と法論になりました。

親鸞会の言ってくることは、30年以上前に本願寺との本尊論の法論で言った以上のことはありませんので、親鸞会の言っている根拠を一つ一つ潰していけば、根拠のないことが明確になります。

しかしながら、結論は30年以上前にすでに出ていますので、ほとんどは以下を詳しく説明するだけでした。

山田行雄著『真宗の本尊について』

この論文を示した上で、最初の導入として

本尊のまとめ

A)教えとして
1.七高僧は名号本尊とせよとは仰っていない。
2.親鸞聖人は名号本尊とせよとは仰っていない。
3.覚如上人は名号本尊とせよとは仰っていない。
4.蓮如上人は名号本尊とせよとは仰っていない。

つまり、教えとして名号本尊でなければならないとはどこにもない。

B)史実として
1.七高僧は木像絵像を本尊とせられた。
2.親鸞聖人は木像絵像を本尊とせられた。
3.覚如上人は木像絵像を本尊とせられた。
4.蓮如上人は木像絵像を本尊とせられた。

と突き付けました。
山田師の論文の全体を読んだことがなかったので、動揺していましたが、これで某講師が引き下がることはなく、言ってきたことが、

どんな「史料」にどんな「史実」が書いてあっても、お聖教が物差しで、お聖教に反していたら「史実」は根拠にならない。

というものです。実は、これが後々自らの首を絞めることになりますので、覚えておいてください。
親鸞会が根拠とする書を列記しておくと
『改邪鈔』
『慕帰絵詞』
『弁述名体鈔』
『御一代記聞書』
です。

論破は簡単ですが、すべてのやりとりを紹介するとかなり長くなりますので、途中のまとめを以下としました。


【本尊について】

・親鸞聖人は、「名号のみを本尊とせよ」と仰ったお言葉はない。
・覚如上人は、「親鸞聖人が名号のみを本尊とせよと仰った」とも書かれていないし、御自身の見解としてそう仰った箇所がない。
・覚如上人は、『改邪鈔』で「親鸞聖人はあながち木像絵像を本尊とされなかった」と仰ってはいても、これが「親鸞聖人は決して木像絵像を本尊とされなかった」という意味に勝手に解釈しているだけで、その根拠が明示できない。
・『慕帰絵詞』では、「善鸞が名号のみを本尊としていた」とある史実に対して、「親鸞聖人も名号のみを本尊としていた」と推論しているだけで、その根拠がない。史実以下で、仮説でしかない。
・『慕帰絵詞』に、覚如上人が絵像本尊とされていた絵については、間違いだと断言されていますが、その根拠がないし、『慕帰絵詞』の絵を見た覚如上人のことをよく知る多くの人が異論を唱えていない。
・存覚上人は、『弁述名体鈔』で木像絵像本尊も認められている。
・蓮如上人は、『御文章』『正信偈大意』で、「名号のみを本尊とせよ」とも仰っていないし、「親鸞聖人が名号のみを本尊とせよと仰った」とも書かれていない。
・『御一代記聞書』で、主語もなく、尊敬語もない文章に対して、蓮如上人のお言葉という理由も推論の域を出ない。

※結論 「名号のみを本尊とせよ」という教え自体が存在せず、そうした事実すらないから、「名号のみを本尊とせよ」は妄想に過ぎない。

山田師の論文に加えたのが『慕帰絵詞』に描かれた覚如上人が絵像本尊にされている絵 と、「親鸞会教義の誤り」の1つのエントリーです。

これでも必死に抵抗してきましたので、そこについては、次回以降、紹介していきます。

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